ブログ00011 「感染」 2020年1月23日

 中国では新型コロナウイルスが猛威をふるい、感染者が500名を超えて死者も17名に及びました。武漢市は事実上の封鎖がなされ、中国政府は封じ込めにやっきになているようです。明日から中国では春節を迎え、たくさんの人々が移動するため感染の拡大が心配されていますが、我が家では溶連菌が猛威を振るい、私たちは感染拡大を恐れています。昨日の午後にC君が発症し、学校に迎えに行って小児科で治療を受けて帰宅。他の3名の小学生への感染を防ぐために小児科で予防薬をいただいて、デイサービスから帰宅して夕食後に服用。元気に過ごしていましたが、夜中にB君が嘔吐。朝方にA君が嘔吐。Dさん1人で小学校に登校となりました。何度も嘔吐し、そのたびに布団のシーツや服を交換する.作業の繰り返しで朝から疲れました。こんな日に限って小児科は午後診療で、午前中は経過を観るしか術がありませんでした。午後一番で診察を受けると案の定溶連菌と診断されて、調剤薬局で吐き気止めをもらって帰宅しました。後は静かに回復を待つ以外にすることはありません。


 見えないウイルスと戦うのは本当に大変で、ほぼ全敗状態です。うがいや手洗い等の予防策はとるように勧めているのですが、もともと適当にしかしない彼らですし、見ていないところで誰かがさぼっています。うがいや手洗いをしたかと尋ねても「やりました!」とはっきりと答えますが、洗っていないか適当にしか洗っていないこともよくあります。疑わしいと思う時には手のにおいを嗅いで、「石鹸の匂いがせんで。洗っとらんやろ。もう一回洗ってきな。」というとすごすごと洗いに行きます。これでは、見えないウイルスに勝てるわけがない。しかも大人数での生活ですから、1人感染者が出ると次々に感染していきます。小児科からいただいた回復薬を服用させ、部屋に隔離して休ませ、黙々と病人食を食べさせ、ただただ治まるのを待つしかできません。これでまたしばらく、看病の日々が続きます。「勘弁してくれ。年寄りにはキツイぜ。」と.心が叫びをあげながら、平静を装って看病にあたっています。本当に親と言う存在は大変です。その苦労が彼らに分かる日がいつくるのやら…。

ブログ00012 「無理心中」 2020年1月24日

 22日午前1時半ごろ、福島県いわき市の公園の駐車場に止めてあった車の中で、いわき市小名浜愛宕町の吉川美奈子さん(43)と、息子で中学3年生の歩夢さん(15)、双子の娘で中学2年生の茅乃さん(13)と海音さん(13)の4人が首を刺されて死亡しているのが見つかりました。車の運転席には首や腹に刺し傷がある51歳の男性がいて、警察は男が4人を刃物で刺して殺害したあと自殺を図ったとみて調べています。男性は現在病院で治療を受けていますが、捜査関係者によりますと事件のあと警察官に対し「仕事に失敗して借金があり、将来を悲観した」などと話していたことが分かりました。警察は無理心中を図った可能性があるとみて、男性の回復を待って詳しいいきさつを調べることにしています。

 

 年間約1万件に及ぶ企業倒産が起る時代においては、社会情勢の影響や企業戦略の誤りによる事業の失敗は無縁のものではなく、いつ誰の身に降りかかってきてもおかしくない状況です。今回、無理心中を試みた人もその犠牲者の一人なのかもしれませんが、だからと言って家族の将来を悲観し、身勝手に命を奪っていい理由にはなりません。これは明らかなる殺人であって決して許されるべきことではありません。私たち人間は、問題ばかりに目を捕らわれているとそこから身動きができなくなり、消極的・悲観的・絶望的・破壊的な思いに支配され、ついには自らを滅ぼしてしまいます。問題に心を奪われることは、身の破滅を招くことになります。人生は何度でもやり直せますし、救済の道も再生の手段も限りなく存在します。それさえも、問題に心を支配されますとまったく見えなくなるのです。この男性にも再生の余地は充分にありました。破産申請をして負債を整理し、彼女と0から生活を立て直し、未成年の子供たちは児童相談所を通して一時的に里親やファミリーホームに養育をお願いすれば良かったのです。未来ある彼女と子供たちの命を奪うことだけはしないでいただきたかった。一里親として、「この3人をお預かりしたかった。」と思い、心が痛みました。

 

 日頃より児童福祉にかかわっている者として、子供が巻き込まれる痛ましい事件を耳にする度に心が苦しくなります。今回の場合も、子供を救う前に、親を救わなければ子供も救えないことを痛感しました。そう思うと、児童にしかかかわっていない自分は本当に無力な存在だと感じます。親は子供に対する所有者意識が強く、別人格の独立した人格として自分と切り離して考えることができないところがあります。そのために、いつも自分の人生の道連れにしようとします。子供には子供の人生があるという初歩的な基本的人権さえも認識できない親の存在が子供を不幸にしていきます。世の中のすべての親たちに知っていただきたい。「子供はあなたの所有物ではありません。人格を持ったひとりの人間です。その子の人生を身勝手に決めつけないでください。彼らの希望や夢を奪わないでください。大切なあなたの子供として全力で命を守ってあげてください。人生を応援してあげてください。」と私は心から願います。そして、どうしてもそうできない場合には、私たち里親を頼ってください。私たちは、決してあなたから子供を奪ったりはしません。一時的にお預かりし、あなたが再生して子供と一緒に暮らせる日がくるまで子供と一緒に待ちます。そしてその時が来ましたら、喜んであなたの元に送り届けます。家庭の再構築こそが里親の使命です。私たちはそのお手伝いをしたいだけなのです。私はもう子供の涙は見たくありません。

ブログ00013 「備え」 2020年1月25日

  米地質調査所(USGS)によりますと、トルコ東部で24日午後8時55分(日本時間25日午前2時55分)ごろ、マグニチュード(M)6.7の地震があり、建物が倒壊するなどして、政府当局によると18人が死亡し、500人以上が負傷したそうです。USGSによると、震源地は東部マラティヤ県ドアンヨルの東北東4キロで、震源の深さは10キロ。隣接するエラズー県でも被害が出ています。災害救助当局によると、M2.7〜5.4の余震が計30回以上観測されていました。トルコは多くの活断層がある地震国であり、1999年に北西部で大地震が起きて1万7千人以上が死亡し、2011年には東部の地震で600人以上の死者が出たこともありました。

 

 地震の話を聞いてすぐに思い出すのは、2018年9月6日午前3時7分に発生した「北海道胆振東部地震」のことです。1年4か月前の地震ですが、昨日のことのように思えるほど衝撃的で忘れられません。真夜中の寝静まっている最中に起こった地震で、ホームのある札幌市北区は震度5強の大きな揺れを感じ、家内とすぐに子供たちの部屋に行こうと試みましたが、あまりの揺れの大きさに立っていることもできず這って行きました。一番に駆け付けたのはA君とB君の部屋でしたが、2人ともあの地震の最中なのに熟睡しており、「この子たちは気づかないうちに死んでしまうタイプやな。」と思いつつも怪我の有無を確認し、順にC君、E君と様子を見に行きました。同時に家内は女子のDさんとFさんの部屋を見に行き、感謝なことに誰も怪我をしていないことに安堵しました。余震が起こることを恐れて、みんなで安全と思われる部屋の更に頑丈なカウンターの下に身を潜めました。私は、ブラックアウトになって停電した中、懐中電灯の光を頼りにガス漏れや水漏れ、火災が起こっていないかホーム全体を確認し、非常電源の準備をいたしました。ホームでは、このような事態に備えてPHEV車を備えており、3日間の停電の中でも普通の生活を確保することができました。高額な車でしたので購入を躊躇しましたが、子供の命を預かるホームですから、安全・安心にはかえられませんので思い切って買いました。その当時は、高いお金を払っての購入でしたので、「使う機会もないうちに廃車になるんだろうな。」と思っていましたが、万が一の備えに本当に助かりました。非常食も備えていましたので、スーパーやコンビニに食料を求めて押し寄せる必要もありませんでした。

 

 この時の地震ほど、安心・安全を確保することは多額の費用を必要とし、一見無駄のように思えますが(使う機会がなければ全くの必要のないものですから)、有事の際には命を守ってくれる大切な道具になることを学べました。無駄は決して無駄ではないという真理を知ることができました。これからの人生においても、無駄を大切にしながら生きていきたいと思いました。今回のトルコ東部で起こった地震による被災者の生活が、速やかに回復されて行くようにと心よりお祈りいたしております。

ブログ00014 「風呂当番」 2020年1月26日

 ホームには、2つのお風呂場があり、本館にある1坪風呂の方は子供たちも掃除当番を担当しています。小さな児童を外して、小学生6年の2人と中学生の2人の4人で順番に掃除しています。私たち夫婦は、別館にある小さなお風呂でシャワーを使っているために本館のお風呂は使用していませんが、私も家内も時間がある時には掃除に加わっています。今日の当番はFさんでしたが、お風呂を洗うようにと家内に言われてもなかなか降りてきませんでした。そのままにしておくと時間ばかりが過ぎてしまい、子供たちがお風呂に入る時間が遅くなってしまいますので、再度早くするように強く要求してやっと動きました。中学生になるとこういうことが増えてきますが、私はそんな態度は許しません。自分の要求は遠慮なくしますし、しかも早くしてほしいと急かすくせに、こちらの要求にはもたもたして動かない。こんなことが許されて良いはずがありません。反抗期など関係ありません。反抗期だとか中二病だとかを理由に不誠実な態度が肯定されるようなことがあってはならないと思っています。

 

 今日の反省会の時に、かりそめであっても家族として生活をしている者たちがお互いのために最善を尽くすことは当然のことであると話しました。家族は助け合うために一緒に住んでいるのですから、子供であろうと家族のために何かできることがあるはずです。それをやらないで権利ばかりを主張することは許されないと私は考えています。昨日、突然「明日、イトーヨーカドーに連れて行って欲しい。」と言うものですから、今日何とか都合をつけて連れて行き1時間も送迎のために付き合ったのに、「自分たちが使う風呂一つ洗えないのか。」と頭にきてしまいました。「権利を主張する前に義務を果たせ。権利を主張した時に相手が気持ちよく応じれるように、ちゃんと日頃の義務を果たしなさいよ。」と指導しました。どうせ、明日にはすっかり忘れて同じことを繰り返すんでしょうが、私は諦めません。「分かるまで言ったるわ。」と思いつつ、このブログを書いています。

ブログ00015 「児童精神科医」 2020年1月27日

 本日は、A君の児童精神科医の受診日で、学校を早退して病院に連れて行きました。ADHDであるA君にとって、どうすることもできない自分の落ち着きのない言動をコントロールするためには、児童精神科医の協力と薬が不可欠です。彼の言動によって周りにいる私たちも子供たちも様々な被害を被りますが、誰よりも困っているのは他の誰でもなく当の本人であり、自分を持て余してしまう彼は、毎日辛い思いをしてながら生活しているのだろうと思います。そんな彼が、少しでもこの社会で生きやすくできるように助けてあげるのが里親である私たちの務めであり、自分でも抑えられない衝動を少しでも制限できるように助けてくれる薬を処方してくれるのが児童精神科医の役割です。発達障がいを抱える児童を手厚く支援していくためには、里親と児童精神科医の協力なくしては成立しないと思います。

 

 自ら家庭に発達障がい児童を預かって養育する里親にとりまして、密室の中での養育は相談できる人が少なくて孤立な戦いを強いらやすく、養育の悩みの解決策を見出せなくて煮詰まってしまったり行き詰またりして絶望する方もいます。里親の頑張りだけでは乗り越えられない場合があるということです。その時に、.専門家の見立てや助言、そして児童にあった薬を処方してもらうことによってどれだけ助けられることか。投薬に関しましては、賛否両論ありますが、少なくとも私たちは助かりました。A君との生活を成り立たせるためには、児童精神科医の支援は不可欠です。

 

 しかし、現実には児童精神科医の数が少な過ぎて、協力を得られなくて苦労している里親がたくさんいます。190万都市である札幌市でも10人ほどの児童精神科の認定医しかいないと聞いています。あまりにも少なすぎます。受診の予約を入れても、早くて3か月、少し時間がかかると6か月も待たされます。「その間、どうしろと言うのか。」と思ってしまいます。養育の現場での悩みは切実であり、里親さんたちは忍耐強いですから相談したいと思った時にはすでに限界を迎えている場合がほどんどです。。一刻も早く支援して欲しいと願うのは当然なことですが、現実がそうであるにもかかわらず実際は支援が及ぶまでに時間がかかり、厳しい孤独な戦いを更に強いられることになるのです。この現実を変えて行かない限り、里親たちが安心して被虐待児童を受託する社会にはならないと思います。決して儲かるクリニックにはならないけれど、誰か篤信者の方が、児童精神科を志して養育に悩む私たちを救ってくれないかと願うばかりです。

ブログ00016 「汚部屋」 2020年1月28日

 CさんとFさんの部屋は特に散らかっています。2人とも女子なのに他人に見せられないほどのごみ屋敷状態です。誰の部屋にでもお構いなしに侵入して荒らしてくるA君ですら、2人の部屋には入ろうとはしません。一度入ると遭難して帰って来れない恐怖を感じてビビるからではないかと私は勘繰っています。家庭で夜に行っている反省会の時に、2人のチェックリストには「部屋はきれいですか。」という項目があって毎日確認していますが、「いいえ。」という返答が多い。普段は家内がチェックするのですが、あまりにも続くと2人に許可をもらってからチラッと確認するのですが、「これは死体があっても気づかんで」と思う程で、2人には「汚ギャルになったらあかんで。美ギャルにならな。」(もう死語になっていると思うが)と勧めて掃除を促します。それでもなかなかやろうとしないので、伝家の宝刀を取り出して、「部屋の掃除が終わるまでテレビやゲームはなしな。」というと、渋々一旦は片づけます。しかし、「どの子もこれを言わんと結局はやらんなぁ。たまには自ら進んでやらんもんかねぇ。」と残念な思いで言うのですが、汚れた部屋を放置しておきますと不衛生なので、已む無くやらせるのですが、油断するとすぐに散らかってしまいます。その繰り返しです。このパターンから抜け出せないものかといつも思い悩まされます。


 部屋が散らかっていると、とても恥ずかしくて彼氏を部屋に呼ぶことはできないという良いところもありますが、やはりそれよりも損実の方が大きいように思います。部屋が散らかると食べ残したおやつや飲み物が放置されたままで不衛生になりますし、学校から持ち帰った大切な連絡プリントをゴミの中に紛失してしまいますし、必要な物を見つけられず探してばかりで時間もロスしてしまいます。それに、彼氏とはどうせ部屋で会わなくても外で会おうとしますから、やはり損失の方が大きいですね。散らかしている子の多くは、「秩序正しく散らかってます。だいたいこの辺にありますから大丈夫です。」と言い訳して散らかっている状態のままでいようと試みますが、たいがいそこにはないので見つからなくて困ることになりますから、「みんなそう思い込んでるけど、お父さんの経験上、そこにはないことが多いで。」と言って片づけるように促します。それでも不服を言うようでしたら、3つくらい「あれはどこにあるん?」と尋ねるとほぼ見つけらないので(1つだと奇跡的に見つけることがあるので3つくらいがいい)、「ほらな。見つからんやろ。」と指摘すれば言い返せなくなり、すごすごと片づけ始めます。Fさんは今、学校に提出しなければならない成績表を紛失し、掃除がてら探しています。さて、果たして見つかるでしょうか。そして、無事にテレビを観れるでしょうか。

ブログ00017 「呼び捨て」 2020年1月29日

 子供が6人も一緒に生活していれば揉め事、争い事は避けて通れません。至る所で小競り合いが勃発し、怒りをぶちまけて喧嘩が始まります。何とか四六時中起こる喧嘩や争いを減らせないものかというのが長年の懸案事項でした。先ほども、部屋を片付けさせていると、A君とB君が部屋の掃除の仕方をめぐって言い争いを始めました。何か気にくわないことがあったのか、A君がB君に注意し、それにムカついたB君がA君に文句を言って争いになって、お互いの言葉がまた怒りを買って喧嘩がエスカレートしていくという状態です。こうなると大人が割って入らないと止まりません。彼らには、争いが始まりそうになったら自分たちで解決しようとしないで、大人を読んで仲裁してもらいなさいと教えています。それは、彼らが発達障がいということもあり、人間関係を和解させて回復する技術がないために興奮してどこまでも対立を深刻化していってしまい、最後には暴力に訴えてしまうからです。始まりはまったくくだらない原因でも、暴力にまで発展するとお互いに傷つきますので、早めに対処する術を学んで欲しいと願ってのことです。しかし、まったく身に着けることができません。

 

 そこで思いつきました。お互いの名前を「呼び捨て」にするから相手もカチンと来ます。呼んだ時点ですでに争いは始まっています。喧嘩にに発展する時は、いつも強い語気で「呼び捨て」にするところから生じます。だから、「呼び捨て」をやめようと決めました。子供たちを集め、「これからはお互いを年上には『お兄ちゃん、お姉ちゃん』年下には『〜君、〜ちゃん』と呼ぼう。そうすれば争いの勃発は減らせれると思う。」と伝えました。お互いを敬称で呼び合って喧嘩に至るというのは難しいし、たとえ注意されても相手に与える苛立ちも軽減できます。簡単には定着するとは思いませんが、その都度そう呼び合おうと啓蒙し続けています。気のせいなのかもしれませんが、争いは減っているように感じます。先ほどのA君とB君の争いも、A君が「B!」と呼び捨てたことに端を発しました。呼んだ時点で喧嘩腰なんですから争いになるのは当然です。2人に対して私は、A君には、「B君は君のお兄さんなんだから、『B兄ちゃん』と言いなさい。そしてB君には「君の方が年上なんだからまともに相手にしないで、『なんだいA君』と優しく答えていたら喧嘩にならなかったのではないかと話しました。2人も「そうだった。」と言っていました。それでも、また2人は怒りに我を忘れてお互いに「呼び捨て」あって喧嘩するのでしょうが、少しでもその争いが少なくなることを願って、「呼び捨て」はやめようと忍耐強く啓蒙し続けて行きたいと思っています。

ブログ00018 「物にあたる」 2020年1月30日

 E君は、イライラが募ると物にあたるという弱さがあります。思い通りに物事が進まなかったり、先生に注意されてイラついたりすると我慢することができず、乱暴に物を扱うことでフラストレーションを発散しようとしてしまいます。確かに、人にあたるのよりはマシなのですが、それを見る人々にとってはそれもまた暴力であり、いやな思いをさせることになるので、何とか克服させなければならないというのが現在の課題です。先日もスキーの脱着の練習を学校で行っていた時に、うまくできなかったようで乱暴にスキー用品を扱ってしまい、先生から注意されたことが連絡帳に記されていました。どうもこの傾向は、女性の先生の時に多いようで、彼の生育の中で培われた問題行動のように思われます。彼は、母子家庭で母親と曾おばあちゃんに養育されながら生活しており、随分と甘やかされて育ってきたようです。大切にされ過ぎて調子に乗り過ぎたパターンです。実家にいた時の彼は、自分の望むものを遠慮なく要求して何でも願いを聞いてもらっていたために、少しでも思い通りにならないとわめき散らすは物は壊すわで家庭は大荒れだったようです。耐えきれなくなった家族の願いで一時保護になり、我が家にやってきました。

 

 児童相談所の職員からのたってのご指名ということもあって断れず、どれほど大変かと覚悟していましたが、借りてきた猫のようにおとなしく従順でした。ただし、基本的な生活習慣がまったく身についておらず、自分で何もできない児童でした。そのうえ不登校になって実家では引きこもり状態でした。しかし、1年以上不登校だった学校にも準備を重ねて復帰して行きましたし、今はまったく休むことなく学校にも通っています。生活習慣も着実に身に着けて何でも自分でできるようにもなりましたのでほっとしています。このことに関しましては、またの機会にお話しするとして、彼が我が家でおとなしく生活を送っていたのは、どうやら私という怪しい存在を受け止めかねて様子を伺ってのことのようです。今までの彼の家庭において、男という存在がいたことがなく、何者なのか得体のしれない存在に怯えていたようです。ただの変哲もない普通のおやじですが、彼には宇宙人のように見えたのかもしれません。そのことは私にとっては都合がよく、得体のしれない不思議な存在として接しましたので、素直に何でも従ってくれましたからすごく楽な児童でした。ですから、私の前でイラついて物にあたるようなことは1度もありませんでしたが、生活に慣れてきたせいもあり、学校やデイサービスでは本性を現しているようです。しかも、女性の先生に対してです。恐らく油断して、かつての実家での生活を再現してしまうような言動に自然となってしまっているのではないかと思います。

 

 そこで、彼を別室に呼び、「女の先生に対して乱暴な態度を取るようだけど、どうしたん?腹が立つんかい?」と話すと、こくりとうなずいて涙を流すので、「女性に対してやたらとイラつくのは、君が克服しなけばならない課題だよ。実家に帰っていくために克服しよう。君は我が家では本当によく頑張って生活しているのをお父さんは知っているよ。君にはその問題を克服する力があるし努力できるできる子だと信じとるで。その問題を解決し成長して家に帰ろう。そうでないと、また同じ問題を実家で起こしてお母さんも君も辛い思いをすることになるからね。」と話しました。それ以来、彼は頑張っています。少し、油断して出てしまうことはありますが、よく耐えていると思います。さて、今日はスキー学習です。スキー場でムカつかないでスキーを楽しんで帰って来れるかな。反省会の時に聞いてみよう。

 

 反省会の時に聞いてみましたが、イライラせずにスキーを楽しめたそうです。

ブログ00019 「熱」 2020年1月31日

 今朝、Fさんが朝食後に「熱を計ってもいいですか。」というので、体温計を渡しますと部屋に行ってしばらくして戻ってきました。そして「37.2度ありました。」というものですから、「また始まったな。」と思いつつ、「お母さんに診てもらうから部屋で待っていて。」と言って部屋に戻しました。家内に連絡を取り、「Fさんが熱があるって言うからちょっと確認してくれない。」と伝えて部屋に行ってもらいました。度々あることですが、学校をさぼりたくなると熱があると言い始めます。今まで我が家にいた歴代の里子たちも同じ手を使って学校を休もうと試みてきましたので、これはよくある話です。特に月曜日と金曜日に起こりやすい傾向ですから、想定していた事態ですので慌てることもありません。

 

 我が家で使っている体温計は、落ち着きのない発達障がい児でも素早く図れるように15秒で計れる体温計で、経験上少し高めに体温が表示される傾向がありますし、短い時間で予測値を出しますので、計る度に表示される体温も変化します。そのことを知っていますので、里子たちには、「この体温計、高めに数値が出るんだよね。だから少し高めに出ても気にしないようにね。」と話しているのですが、そのことを忘れてすぐに体温計の数値を根拠に「熱があります。」と言い出します。また、何とかして学校をさぼりたい里子は、体温計を指でこすったり、ストーブに近づけたり、お茶で温めたり等の小細工もしますので、大人が観ている前で検温させるようにしています。家内を呼んだのもそれが目的でして、家内が観ている前で計ると36.9度でした。高めに表示される体温計の特質を考慮すれば、少し高めの体温という程度で風邪ではないと思いました。第一、咳も鼻水も出ていないし、朝食もしっかり食べていたことからして元気と判断し、学校に行くように言いました。我が家では、「体温を計っても数回37度を越えている場合は学校を休んで病院に行く。そうでない場合は、とにかく学校に行って具合が悪くなったら保健室で休む。学校から連絡があり次第迎えに行く。」というルールになっています。それは、里子たちすべてに周知しているルールですので、Fさんも渋々学校に行く準備を始めました。でも、しっかりと部活の道具を持って玄関に現れましたので、「なんや、部活やる気満々やんか。具合が悪かったら持って行こうなんて思わんけどなぁ。」と密かに思いつ、「具合が悪くなったら保健室に行くんやで。すぐに迎えに行くからな。」と伝えて送り出しました。果たして彼女は保健室に行くでしょうか。

 

 結局、彼女は保健室に行くこともなく、部活も最後まで思いっきり楽しんで、夕方の7時に帰ってきました。予想通りでした。中学生にもなると悪知恵を働かせて、何とか自分の願いをかなえようと屁理屈をこねたり、小細工をしたりしますが、親はそんな子供の企てに簡単に引っ掛かってはいけないと思います。もし、それに成功すると必ず調子に乗って同じことを繰り返します。子供を調子つかせることは、子供に悪いことをさせる機会を提供することにつながります。親たる者、子供に悪さをする機会を与えてはいけないし、それを防ぐためには、いつも目を光らせて細心の注意を払って子供を見守ることが求められるのではないかと思います。本当に心身共に疲れる役割ですよね。

ブログ00020 「鍵」 2020年2月1日

 我が家では、里子たちの安心・安全を守るために防犯には気を使っています。玄関ドアは、ピッキング等により外部から容易に侵入できない鍵を取り付けていますし(合鍵を作ることもできません)、訪問者が分かるようにモニター画面付きのインターホンも使用していますし、警備会社と契約を結んでホームセキュリティーもかけています。特にホームセキュリティーは、危険に満ちているこの世で安心して生活していくためには欠かせないアイテムになってきているように思います。外出時も夜間の睡眠時も侵入者があれば、警備会社のガードマンが10分以内に駆け付けてくれます。また、ハンディの警報装置も数個あって、何か異常を感じた場合にはそのボタンを押しても駆け付けてくれます。しかも、夜に機会警備をかけた後に窓を開けると警報がなりますので、児童の夜間脱走も防いでくれる優れものです。本当にありがたいサービスです。ただ、たまに警備をかけた状態でドアやを開けて警報がなってびっくりしたり、すぐに警備会社に誤報の連絡を入れなければならないのは少し面倒ですが、安心には代えられません。子供たちの生活の安心・安全を守るためには必要な手間だと思っています。

 

 そのように防犯に気を付けていますので、里子たちには家の玄関の鍵は持たさないことにしています。それは、彼らがすぐに鍵を紛失してうからです。どこかで玄関ドアのカギを紛失し、それを利用されて侵入されるようなことが起こってはいけませんから、最初からリスクヘッジしている訳です。彼らは、決まって「無くしませんから大丈夫です。」と言って持ちたがりますが、必ずと言って良いほど平気で無くして来ますので全く信用していませんから、決して持たせません。自分たちの部屋の鍵すら無くすのですから、怖くてとても持たせられません。もし紛失するようなことがあれば、鍵自体を交換しなければならず、10万円以上の費用がかかります。ですから、食事作りのお手伝いに来てくださる補助者の方にも、紛失した場合には10万円の負担をお願いしてから渡しています。これからは、どんどんと安全・安心をお金で買う時代になるのだと思うと寂しくなりますが、国から子供を預かっている立場としては、何よりも気を配らなければならない問題であると考えています。この子たちが成長した未来の社会では、少しでもお金を積んで安心・安全を買わなくて済む世界になることを願ってやみませんし、そんな社会を少しでも大人たちが作っていかなければならないと思います。