ブログ00091 「イースター」 2020年4月12日

 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のまとめによりますと、日本時間の12日午前5時時点で、新型コロナウイルスの感染者数は世界全体で176万978人となり、死亡した人は10万7775人となっているそうです。爆発的に感染拡大してたくさんの死亡者がでている現状において、私たち人類は本当に底知れぬ恐怖を感じさせられますし、経済的にも大恐慌となって生活が大きく脅かされる不安を感じさせられています。そういった中ですが、今日は年に一度のイースター(復活祭)であり、クリスチャンである私たち夫婦は子どもたちと一緒に家庭でイースター礼拝をしました。今は新型コロナウイルスの感染拡大防止のために不要不急の外出の自粛が求められている時でもありますので、気持ちが沈んでしまわないためにも家庭で内で喜ばしいお祝いをすることは良い気分転換になると思います。こういう時こそ、希望に溢れた言葉が生活の支えになります。

 

 「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」(Iコリント10章13節)

 

 「神を愛する人々、すなわち神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ロマ8章28節)

 

 「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」(Iペテロ5条7節)

 

 聖書の中には、暗闇の中に生きる私たちに希望の光をあたえてくれる神様のことばが溢れています。世の中に絶望の暗闇が押し迫っているこの時期だからこそ、希望を与えてくれる言葉が必要です。それは、大人であろうと子どもであろうと同じです。今朝私たちの家庭では、希望に溢れる神様のことばに慰めと励ましをいただきました。そして、生きる意欲を失わないで新型コロナウイルスに立ち向かっていく力をいただける感謝の一日を過ごすことができました。

ブログ00092 「また休校」 2020年4月13日

 札幌市立新琴似緑小学校に勤務していている学校給食調理員の女性が、新型コロナウイルスに感染いたしました。彼女は、4月8日午前中まで調理業務にあたっていましたが、午後から咳や頭痛などの症状が出て9日から自宅待機していました。そして、10日に同居する家族がPCR検査で陽性となり検査したところ11日に感染が確認されたそうです。給食調理員の感染を受けて札幌市は、新琴似緑小学校を4月13日から22日まで校内の消毒作業を行うとのことです。また、今のところ一緒に調理作業をしていた職員や給食を食べた児童から体調不良などの報告は出ていないそうです。

 

 新琴似緑小学校は、ホームの子どもたちが通っている小学校の隣の小学校であり、日頃から交流のある学校です。その小学校で感染者が出たという報道に、少なからず衝撃を受けました。確かに、毎日のように新型コロナウイルスに感染した人々の話はニュースで聞いていましたが、どこか対岸の火事的な感覚(そうであってはいけないのですが)だったのですが、身近なところでの感染者の発生は、否応なしに自分たち家族の問題であることを改めて実感させられる機会となりました。ついに身近なところまで新型コロナウイルスが迫ってまいりました。これからは、更に子どもたちには、一段と手洗いうがい、マスク着用、社会的距離の確保、三蜜の回避に注意を注ぐように繰り返し話さなければならないと思いました。

 

 さて、北海道における新型コロナウイルス感染症対策に関して、第2波とも言える感染拡大の危機を早期に収束させるため、北海道と札幌市の緊急共同宣言が発出されました。これを受けて、札幌市長より、子ども達の健康を守る観点から、札幌市所管の小・中・高等学校等を対象とした一斉休業措置を4月14日から5月6日まで行うことになりました。学校を再開して1週間でまたしても休校です。やっと一段落ついたかと思いましたのに、振出しに戻ったようです。確かに、日本の7都市で非常事態宣言が発出されているくらいですから、北海道だけが無事な訳がありません。日本全体が取り組むべき問題ですから、致し方ありません。淡々と感染リスクを軽減するための予防策を講じ、不要不急の外出を控え、できるだけホームに引きこもって静かに新型コロナウイスが死滅するのを待つばかりです。このような非常事態の時に、退屈だとか、つまらないだとか、暇だとか、楽しもうだとか、気晴らしにどこかに行こうか等と言っている場合ではありません。一刻も早く新型コロナウイルスの活動を収束させるために我慢の時です。今回の自粛生活を通して、子どもたちにも我慢すべき時には四の五の言わずに我慢することを学んで欲しいと願っています。このような望まない環境に強制的に置かれてはいますが、その中で何か1つでも自らの人生に有益になる教訓を得てくれればと思います。

ブログ00093 「変化」 2020年4月14日

 札幌では再び新型コロナウイルスの影響で学校が休校となり、子どもたちの生活スケジュールも変化することになりました。1週間かけてやっと学校生活に慣れてきたのに、再び生活の変化に戸惑い、順応できず、イライラを周囲にぶちまける生活になるのかと思うと気が滅入ります。特に環境の変化に弱いA君は、デイサービスで荒れて帰って来るんだろうと想定していましたが、案の定大荒れだったようで、夕方ホームまで送ってくださったデイサービスの先生から、デイサービスでの悪行ぶりを散々聞かされる羽目になりました。宿題はやらないわ、反抗的だわ、周りの子どもたちには当たり散らすわ、使ってはいけないハサミを持ち出して人に向けるわ、中指を立てて「うぜえ!」と言うわ等など、これ以上書いていると怒りがこみ上げてきますのでこの辺りにいたしますが、デイサービスの先生方や他の児童たちに取りましてもとんだ1日だったようです。私たちには謝ることしかできませんので、丁寧に謝罪し、本人と話をしました。

 

 A君と話していていつも感じることですが、自分を持て余している彼が一番辛いのかも知れないと思います。私と2人だけになってじっくり話を聞いていると「我慢できないんです。どうすることもできないんです。」と泣きながら話します。一旦心が怒りに捕らわれてしまうとコントロールを失い、もう自分では抑えることのこともできない暴走状態になってしまいます。それは、彼の言葉の通り「どうすることもできないんです。」状態なのです。そうなると、彼だけでなく周りの誰も止められられず、みんなが悲しい思いをすることになります。でも、本当は彼が一番悲しいんだと思います。それは私にも分かるのですが、それでも何とか少しでも心の怒りを抑えられるようにならなければ、社会の中で人々と一緒に生きていくことができません。すごく難しいことですが、A君にはほんの少しでも怒りをコントロールする術を身に着けて行ってもらいたいと思っています。偏に、彼の幸福を願ってのことです。

 

 このようなことがある度に、A君には怒りを抑える工夫を繰り返し教えています。腹がった時には、「話さない(悪い言葉を話さないため)。動かない(暴力をふるわないため)。深呼吸をする(怒りを静めるため)。」の3つを守れば落ち着いてくるからやってみようと話していますが、大人でも難しいことですから決して簡単なことではありません。それでも、少しでも怒りをコントロールできればと願って繰り返し教えています。以前とは違ってこの頃は、「動かない。」はできるようになってきて暴力を振るうことはまったくなくなりました。それは、彼にとっての大きな成長であると認めています。今度の課題は「話さない。」ですが、こちらはかなり苦戦しています。でも、成長と共に少しずつ克服していってくれるものと思っています。その日が訪れるまで、諦めないで指導し続けたいと思います。「明日は頑張ってきます。」というA君を優しく抱きしめて、本日のお説教はおしまいです。許されないと出直せないので、最後はハグをして終えることにしています。それで、彼も気持ちを切り替えれるようですから…。

ブログ00094 「宅配弁当」 2020年4月15日

 今日、E君がデイサービスの先生に昼食の弁当に関して文句を言っていたと報告を受けました。私たちのホームでは5人の児童が放課後等児童デイサービスに通っていますので、給食の出ないデイサービスに行かせることは弁当を準備することになります。5人分と在宅1人分の合計6人分の弁当を作るというのは、年をとった私たちには重労働です。弁当作りでは、里父の私はほとんど戦力になりませんので、里母が朝の3時から起きて準備しています。せめてもの助けになればと思い、私が朝食の準備をして子どもたちに食べさせています。弁当作りもたまにの話ならば良いのですが、現在のように学校が休校となって毎日デイサービスに通いますと、弁当作りも毎日の話になります。とても私たち夫婦の体力では耐えられません。そのため、このごろは弁当作りの日にちを減らして、宅配弁当を注文してデイサービスに届けてもらうようにしていますが、どうやらE君はその宅配弁当が気にくわなかったようで、デイサービスの先生に「何でみんなと同じ弁当を食べなきゃならないんだよ。俺はこの弁当は嫌いなんだよ。」と悪態をついたそうです。デイサービスの先生も「文句を言わないで食べなさい。」と指導してくれたそうですが、本人は納得がいっていないようだとのことでした。

 

 これは見過ごしにはできませんので、本人を別室に呼んで事情を尋ねました。E君に「デイサービスの先生から聞いたんだけど、『何でみんなと同じ弁当を食べなきゃならないんだよ。俺はこの弁当は嫌いなんだよ。』と言ったそうだけど本当かい。」と聞くと「言いました。」と答えましたので更に尋ねました。「家族なんだから同じ弁当を食べて何がおかしいんだ。それに宅配弁当のおかずだったカツもから揚げもいつももりもり食べているじゃない。」と指摘しましたが「実はから揚げはあまり好きではありませんでした。」との返答でした。それに対して怒り心頭だった私は「宅配弁当だったのが気にくわなかったのかもしれないけど、自分はのん気にゆっくり寝ているくせに、毎日朝の3時からお母さんには起きて弁当を作れというのかい。たまに宅配弁当になることの何が悪いのか。たまにお母さんを休ませてあげようという優しさはないのか。それに、たとえ嫌いな食べ物であっても準備しもらっただけでありがたく思って、文句を言わないでいただくべきではないのか。第一、出された食べ物は何でも感謝していていただくというのが我が家のルールじゃなかったのか。それに、君も今までに一度も家では食べ物に対して文句を言ったことはなかったではないか。そんなに不満なら、明日からおにぎりでも弁当でも自分で作って持って行きなさい。」と怒りをぶちまけてしまいました。弁当を作ることの大変さを学べば、どんな弁当に対しても文句を言わなくなりますので、E君も自分で作れば良いと思ったのですが、さすがにそれは嫌だったようで「弁当にします。」と言っていました。私としたことが、怒りにませて冷静さを失ってしまいました。たまに我を忘れてしまうのが私の悪いところであり反省しています。


 私が最も怒りに覚えたことは、E君が自分のために骨を折ってくれている人の存在やその苦労に気づいていないことでした。中学生の彼には考えが及ばなかったのかも知れませんが、弁当一つとってもそれを準備するためにはたくさんの苦労が求められます。弁当は自然に天から降ってくるわけではないのです。それを作るために労苦している人の存在やそのためにささげられた労苦に気づかいないでいることは、その人間から感謝や喜びや幸せな気持ちを失われせてしまい、不平と不満しか感じない哀れで不幸な存在になってしまいます。私はE君にはそんな人間にはなって欲しくありません。だから、ついつい言葉に力が入ってしまいました。私の勢いに押されたE君は、文句を言わないことを約束して話を終えました。彼も成長とともに、出来事の背後にいる人々の存在やその思いに気付いて感謝して生きれる人間になって欲しいと心より願っています。

ブログ00095 「お褒めの言葉」 2020年4月16日

 今日、子共たちをホームに送迎してくれたデイサービスの先生から「E君が幼稚園の年長児童I君の世話をしてくれて本当に助かりました。」というお褒めの言葉をいただきました。普段から温厚で優しいE君(それは表面上のことで、実際は心に不満や怒りを一杯抱えている子ですが周りに分からないように振舞っています)を幼稚園児のI君は非常に慕っているようで、そんなI君をE君も可愛いようで、一杯面倒を見てくれたようです。どのような理由であれ、子どもが褒められるというのはうれしいものです。子どもが褒められることでうれしく思うのは親子になって来ている証であり(他人の子どもが褒められても少しも嬉しくないものですから)、そう思えることに1年半の生活の積み重ねがあったことを感じます。共に過ごす1日1日の家庭生活が、少しずつ私たちの距離を縮め、相手への思いを育ててくれて自分の事のように感じさせてくれるのだと思いました。このことは1日1日の積み重ねの重みを感じる機会となりましたし、また毎日を大事にしようと思わせられることになりました。

 

 さて、我が家では、感動させるようなことをすれば1ポイントもらえることになっています。逆に悲しませるようなことをすれば-1ポイントになります。今回のことは私を感動させましたので(結構私の感動のハードルは低い)、当然のことながらE君は1ポイントもらいました。「塵も積もれば山となる。」のことわざ通り、E君は現在26ポイント所有しています。1ポイント100円ですので、2600円になります。貯めたポイントで、E君は何か欲しい物を手に入れて喜ぶことでしょう。これを成果主義だから良くないと思う方もおられると思いますが、私は良いことをしたら評価されるのは当たり前だと思っていますし、報われる世の中であって欲しいと願っていますので問題だとは感じていません。それに、子どもの時には形だけで善行をしていても、成長とともに心も伴ってくると考えています。ご褒美は、善行に心が伴うまでのつなぎだと思っています。そのうちきっと、ご褒美なんかなくても相手が喜んでくれたり幸せになってくれるだけで満足するような時が来ると信じています。育ての親とは、夢ばかりを見ているおめでたい存在なのです。他の方からどう評価されようと、私は夢見る親ばかでありたいと思っています。

 

 

ブログ00096 「保護者設定2」 2020年4月17日

 少し前に、B君が勝手に3DSの保護者設定をして何も変更できないように操作していたことについて注意したことはお話ししました。その様子を見ていて勝手に保護者設定をしてはいけないことは分かっていたにもかかわらず、今度はFさんが同じことをしていることが判明いたしました。この2人は以前もお話ししましたように似たもの同士であり、やることも本当に似ていて同じ失敗をいたします。私が疑問に思うのは、中学生3年にもなったのだからもう少し賢く生きて保護者設定を解除しておけばバレずにすんだのに、自分はバレないと思ったのかそのままにしておいた理由が分かりません。しかも、B君が注意されている現場に居合わせましたので、普通なら「これはまずいぞ。」と思うはずですが、そうではないところが不思議でなりません。自分の3DSを私が確認しないと思ったのなら大間違いで、B君がやっていたということが判明した以上、すべての児童の3DSを確認するのは当たり前のことです。しかし、先読みが苦手なFさんにはそれが分からなかったのかも知れません。とにかく、無断で借り物の3DSの設定を変更する(他の人が使えないようにする)ことは許されないことですので、注意されることになります。

 

 私が直接注意するとキツイらしいので、女子でもありますから里母に対処を任せることにしました。里母から彼女との話の内容を聞きましたが、最初は「自分がやったのではないから知らないとか、誰かがやったんだと思うとか。」と見苦しい言い訳をしていたそうですが、彼女の3DSは里母が保管していましたので他の児童が設定することは考えられません。それでも里母は責めることなく「次来る子どもも使うゲーム機だから保護者設定を解除しないと使えないんだぁ。暗証番号は何番なのかなぁ。」と聞いても「私は分かりません。」というばかりだったようですが、諦めない里母は「暗証番号が分からないと困るんだよなぁ。きっとお父さんは誰にも使わせないと言うと思うよ(こういう場合、里母はいつでも怖い私を引き合いに出して話ます。)このままじゃぁ、君も他の子もみんな使えなくなってしまうよ。そうなることは残念なことだから教えてくれない。」と言うと「〇〇〇〇かも知れません。」と教えてくれたそうです。さすが里母です。口を割らせました。「〇〇〇〇かも知れません。」と言った時点で自分がやったことを白状したようなものです。でも彼女としては、自分が設定した訳ではないとの主張は変えないが、暗証番号はなぜか知っているということで決着を付けたかったのでしょう。設定していることと暗証番号を知っていることを別物にして叱責を逃れたかかったようです。賢い里母は、それ以上は踏み込まずに私たちの部屋に帰ってきて私に暗証番号を教えてくれました。かくして教えてくれた暗証番号で保護者設定を無事解除できました。「やっぱり犯人はお前やないかい。」と心で叫びつつ、再び保護者設定をかけないように別の暗証番号で設定しなおしました。

 

 中学生くらいになりますと、反抗期を迎えると言うこともあり、指導するのもだんだんと難しくなってきます。普通に話しても聞く耳を持ちませんし、頭ごなしに叱ったら激怒しますし、屁理屈に対抗できなければすぐに勝ち誇ったように見下しますし、追い詰めすぎると暴れますし、かといって叱らなければ調子に乗りますし本当に厄介な手の付けられない存在です。精神的に不安定ですし、訳もなくイラついてしまう時期であり、誰よりも本人が一番自分を持て余して困っているのだと思いますが、たとえどのような状態であれ悪い事は悪い事であって、注意することを躊躇してはいけないと私は思っています。悪い事だと分かっていても素直に認められない年頃であり、偉そうに反抗してきますが、それでいて怒られないと「自分は大事に思われていない。」と思って自棄になったり、「悪いことをしても叱ることもできないんだ。」と大人を馬鹿にして見下し、更に悪事を働くようになります。叱らないことは、決して児童にとって益することは何もないと思います。ですから、私は臆することなく悪い事をしたら注意します。ただ、どこまでも追い詰めることはせず、必ず逃げ場を残して引くようにはしています。くだらないプライドではあっても、それをつぶしてしまうのは行き過ぎだと思うからです。たとえ素直に聞くことができなくても、彼らなりに何かを学んでいるものと私は信じています。

 

ブログ00097 「パソコン」 2020年4月18日

 少し前からホームページ作成ソフトの調子が悪く、カーソルの矢印を動かすだけでソフトのメイン画面の操作項目がすべて選択される状態になり、ブログを書くのにも事欠くようになってしまいました。何かの拍子で直るかもしれないと不便を感じながらも使い続けていましたが、いつまでも直らないために我慢の限界を迎え、ついにホームページ作成ソフトの会社にメールを送って対処方法を尋ねました。ソフト会社の対応は早くて翌日には返事をくれましたが、その内容がさっぱり分かりませんでした。何であんなにパソコンの操作用語って難しいんでしょうか。もうすぐ還暦を迎えようとしている私には、すべての説明に説明が必要な状況で、まったく解決の糸口さえつかめませんでした。しばらく悪戦苦闘しましたが埒が明かないので、契約しているヤマダ電機のPCサポート窓口に持って行って対処をお願いしました。

 

 ホームページ作成ソフト会社からの回答メールを見せて、このようにやってもらえますかとお願いしますと、いとも簡単に全部の対処法を試してくれました。「さすがやなぁ」と思いながら見ていましたが、結局メールで示された対処法をすべて試しましたが問題は解決しませんでした。「どうしたものか。」と心配になりましたが、PCサポートの方が「これを試してみましょう。」と言って、シフトキーを押しながらパソコンを再起動し、ホームページソフトを起動すると直っていました。どうやら、パソコンの起動を早くするために以前の情報を保存するような構造になっているそうで、おかしくなった時の状態の情報が保存されており、それが起動するたびに表示されていたそうです。それで、パソコンの起動は遅くなるけれど一度保存データをクリアにして起動したので正常になったとのことです。思わず「たったこれだけのこと。」と言ってしまいました。あれほど解決しようとして長い時間をかけて悩み苦労していたのに、たったこれだけの操作で解決されることに腹立たしさを感じてしまいました。改めて、知らないということは無駄な苦労が多くなると感じさせられる出来事でした。

 

 この世の中は、日進月歩で科学技術が進歩しています。そのスピードの速さにまったくついていけない惨めさをいつも感じています。年だから仕方がないと言って片づけてしまうのは簡単ですが、知らないがために守れるものも守れない事態になるのは残念ですから、年甲斐もなく何とか時代についていく努力はしなければならないと思ってます。この頃は、学校から「ネットで今日のニュースを調べる。」という課題が出されることが多く、児童がネットを使う機会も増えましたので、有害サイトを見れないようにフィルタリングしなければならないと思っていましたが、やり方が分かりませんでした。ネットで少し調べましたが、私にはさっぱり分かりませんでした。それで、今回のホームページの問題解決をお願いしたついでに、気になっていたフィルタリングもしてもらうことにしました。少しお金がかかりましたが、フィルタリング用のソフトを注文して設定までしてくださるようにお願いし、子供用のパソコンを預けてきました。数日間かかるそうですが、これで安心して子どもにパソコンを使わせることができるので安心です。本当はこれくらいのことは自分でできなければならないのですが、今の私の実力ではできません。ですから、少しでもパソコン操作ができるようにならなければと思っています。私がホームページのブログを更新しているのも、先日「ファミリーホーム おおぞらの家」の物置設置のためのクラウドファンディングにチャレンジしたのも、時代に少しでもついていけれるようにとの年寄りのあがきです。それは偏に、被虐待児童を守り助けるために必要となる知識だと思うからです。自分のためならば絶対にやりません。こんなこと面倒くさいですし、自分には必要のないことだからです。でも、児童を預かっている以上、児童が生きている時代について行かないと有害なものから守ることができません。子育てとは本当に大変なものだとつくづく思わされています。

ブログ00098 「環境」 2020年4月19日

 子どもが最も影響を受ける存在は、同年代の友人です。特に、中学生くらいになりますと親の言うことは上の空で聞いていませんが、友人が何をしているのかは注意深く観察しており、その生活ぶりを善悪の区別なく吸収していきます。良い友人に恵まれれば良い成長を遂げますし、悪い友人と関わってしまうと悪い影響を受けてしまいます。良くも悪くも交流している友人の存在に大きく生き方が左右されて行くのは、中学生にもなると仕方のないことかもしれません。それゆえに、今年中学に入学したD君とCさんが良い友人に恵まれるようにと願っていましたが、残念ながら現在は新型コロナウイルスの影響で休校中であり、同年代の友人との接触がほとんどない毎日を生活しています。確かに、デイサービスには通っていますが、小学生以下の児童がほとんどを占めており、中学生には物足りない環境となっています。私としましては、今年中学に入学したものの言動が非常に幼いD君にとって、中学校生活が成長への良い刺激になるのではないかと思っていましたので、今回の休校は出鼻をくじかれたような気がしています。

 

 D君は、発達障がいの問題もありますが、それだけではなくいつも小学生のA君やB君(彼らも発達障がいで小学校低学年程度の成長段階)と遊ぶことがほとんどであり、そのことも影響を与えていると感じていました。当然のことながら3人が遊んでいると、言動が幼いものになってしまい「にゃあにゃあ」「ぴよびよ」「ばきゅん」「びよーん」「ごにょごにょ」等の擬音語を多用しており、何とも幼い。産毛の髭が生えてきているD君が、その中で普通に遊んでいる姿に非常に違和感があり、この環境の中で生きていたのではだめだなぁと思っていました。それゆえに、中学校で中2や中3の中学生と交流することで成長を促され幼さから脱却できたらと思っていましたので、新型コロナウイルスの影響で出だしからつまずいたことは痛かった。この状態を何とか変えられないかとも考えましたが、一足先に中2になって成長したB君は馬鹿らしくて相手ができないようですぐに自分の部屋に逃げて行ってしまいますし、D君に中学生らしい遊びをしたらと話してもどんな遊びなのか分からないし、A君B君は執拗にD君を遊びに誘ってくるしでどうしようもない状態になっています。打つ手なしです。

 

 結局のところは、新型コロナウイルスの感染拡大が収束し、学校が再開される日を待つしかないのかと思っています。彼の置かれている環境が変化しない限り、彼が中学生らしくなることも難しいと感じます。かといって、素行の悪い友達ができるともろに影響を受けるのも心配ではあるのですが、その点は誰しもが通る道ですから、ちゃんと友達を選べれるように親が支援してあげる必要はあると考えています。昨年E君が中学に上がった時にも素行の悪い友達の影響を受けて、連絡ノートに度々担任の先生から指導したとの報告がありました。最初が肝心なので、その度にE君を別室に呼んで話をました。「君の友達が授業中にふざけて授業を妨害することがあるようだけど、君も調子に乗ってそれに加わっているそうじゃないか。先生から連絡があったで。」と話を始め「それを君は良いことだと思っているのか。」と尋ねると「いいえ。良くないことです。」と答えましたので(彼だってそれが悪い行為だということくらいは分かっていますが、友達の影響を受けて悪乗りしてしまったのだと思います。)話をつづけました。「本当の友達というのは、間違っていることを注意してあげる人のことを言うのであって、友人の悪ふざけに同調することでは決してありませんよ。君も悪い事をしていることを知っているのだから、友人に『今は授業中だからやめておこう。』と言ってあげるべきではないのか。それが友人思いなのであり、友人を助けてあげることになるんじゃないかい。それを止めないからもっとその友人は調子に乗ってしまうのであり、結果2人も先生に呼ばれて叱られる羽目になるんじゃないか。そして内申点が悪くなって高校進学にも響くんじゃない。」と話しました。するとE君は「分かりました。今度は止めます。」と言ったので話を終えました。本当にそうできているのかは心配でしたが、担任の先生の連絡ノートには、「E君が悪ふざけをしている児童をとめてくれるようになったので助かっています。」との報告があり安堵しました。E君はまた一つ成長しました。同じようなことがD君にも起こるでしょうが、友達から悪い影響を受けるのではなく、友達に良い影響を与えれる中学生になれるように応援していきたいと思っています。とにかく、早く新型コロナウイルスが収束し、学校が再開されることを心より願っています。

ブログ00099 「自省」 2020年4月20日

 またしても、デイサービスでA君がやらかしてきました。関係児童から話を聞いたところ、事件の経緯は大体次のようなものでした。朝からB君が調子に乗ってペラペラしゃべっていたことにA君はムカついていました。それは、日頃から私がB君に「思いついたことを何でも話してしまうために言葉でよく失敗するので、何をしゃべっていいのか悪いのかを判断できるようになるまで、基本的に聞かれた時だけ話すようにしなさい。」と注意しているのをA君は聞いていたからです。それで、一度はD君にそのことを注意してくれるように言ったけど、注意してくれなかったことで更に怒りが増しました。そして、絵を書くのが上手なCさんが、自分にではなく先にB君に「何を書いて欲しい。」と言ったことに我慢ができなくなって、後ろからB君の背中を鉛筆で刺してしまったということだそうです。痛かったようですが傷が残るほどのことではなかったので良かったのですが、見過ごすことのできない行為ですから、A君から話を聞くことにました。

 

 A君は、あれほど腹が立っても暴力を振るってはいけないと話していたのに、自分の怒りを抑えきれなくて衝動的に暴挙に及んでしまいました。暴力は当たり所が悪いと大怪我になりますし、身体に障害が残るようなことになっては取り返しがつきません。怪我をする児童も可哀想ですし、怪我をさせた児童もあとで深く傷つくことになりますので、これだけは厳重に注意しなければなりません。しかし、今日のA君は興奮状態が続いており、冷静に話をすることができない状態でした。私が食器の片づけをしていてすぐには話ができないので「部屋に行って反省していなさい。」と言った言葉にムカついたうようで、じだんだを踏んでいました。彼としては、すぐに話をして許してもらおうと思っていたのに予定がくるったようです。まぁ、早く許してもらって遊ぼうと計画していたんだと思います。それなのに、部屋でしばらく一人で待たされることに我慢ができなかったようで、すっかり取り乱してしまい話にならない状態になりました。そんな彼を見ているとこちらも興奮してきて、つい大声を出してしまいました。

 

 日頃からA君には、腹が立った時には「腕を組んで動かない。言葉を発しない。深呼吸する。」と勧めていましたが、私もできませんでした。私も、少しも落ち着きを取り戻さないA君に苛立ち、怒りをコントロールできなくて我を忘れてしまいました。私こそ、その3つの対処法をすべきでした。反省すべきなのはA君だけではなくて私も同様でした。A君には偉そうに怒りをコントロールするようにと注意しておきながら、自らがその注意に反する行為をしているとは情けない。こんな時こそ、A君に見本を示すべきでしたのに、逆のことをしてしまったことを.猛省いたしました。時間はかかりましたが落ち着きを取り戻したA君と今回の失敗について話しをして注意し、鉛筆を刺したB君にも素直に謝りました。そして、私もA君に怒りをコントロールできなくて取り乱したことを謝りました。お互いに努力して怒りに支配されないで勝利を治めようと話し合いました。私もまだまだ努力が必要なことを痛感した出来事でした。

ブログ00100 「百回目」 2020年4月21日

 ファミリーホームで起こった出来事や考えさせられたこと等を、思いのままにブログに書き始めて今日で100回目を迎えました。せっかちで短気、飽きっぽくて責任感のない私が、たかが3か月とは言えどもブログを書き続けてこれたことに驚きを感じています。自分だけのための日記ならばとっくの昔にやめてしまっていたでしょうが、ブログを通して少しでもファミリーホームの日常について知ってもらえる機会になってくれればと思いましたし、このファミリーホーム事業に参入される方が1人でも起こされることを願ってのことでしたので続けてこれたのだと思います。それに、公開している関係上、あまりにも短い期間で終えてしまうと恥ずかしいですから、そういった見栄の部分もありましたことは事実ですけど…。とにかく、最初の目標だった100回目を迎えられたことは大きな喜びとなりました。

 

 さて、ファミリーホームに関するブログを書き始めた理由に、ファミリーホーム事業に参入される方が起こされることを願ってのことだと言いましたが、このブログをご覧の方に是非ともこの事業に参入していただきたいと心より願っています。H23年3月末に「里親委託ガイドライン」が取りまとめられまして「里親委託優先の原則」が明示され、これからの社会的養護の担い手の主流を児童養護施設から里親・ファミリーホームに移行するという大きな方向転換をいたしました。そして、H29年8月に「新しい社会的養育ビジョン」が取りまとめられ、里親・ファミリーホームへの具体的な委託数値目標が明示されました。具体的な数値を以下に示します。

 

 

 @児童養護施設でなく、里親への委託を3才未満は5年以内(2022年まで)に75%以上に引き上げ。

 

 Aそれ以外の就学前児童(3歳から小学校入学まで)は、7年以内(2024年まで)に75%以上に引き上げ。

 

 B学童期以降(小学校から高校卒業まで)は、10年以内(2027年まで)に里親委託を50%以上に引き上げ。

 

 

 国は、現在20%弱の里親への委託を大幅に引き上げようと考えています。これはあまりにも無謀な計画であり、実現不可能な目標だとして否定的な人々がたくさんいます。確かに、実現不可能とも思える無謀な数値目標かも知れませんが、本来「家庭での養育と同様の養育環境で継続的に養育されること」が、児童の健全な育成に欠かせない要件であることを思う時に、どんなに高い目標であったとしても諦めないで、保護児童が理想的な環境で養育されるように努力することはどうしても必要なことだと思います。理想的であればあるほど、目標は高くなるのは当たり前のことです。実現可能な目標なんていうものは、理想からは大きく離れた次元の低いお粗末な目標に過ぎません。高すぎるから諦めるのではなく、高いからこそ目指すべき目標なのであり、そこに一歩でも近づけれるように普段の努力を欠かさない姿勢こそが求められているのだと思います。被虐待児童の幸せな生活と希望溢れる将来のためにファミリーホームを行ってくださる方が起こり、高い数値目標実現(子どもたちの理想的な家庭生活の実現)のためにお力をお貸しくださいますことを心より願います。