ブログ00111 「暴言」 2020年5月2日

 今日もA君は、デイサービスで暴言を吐いて先生に指導されたそうです。毎朝デイサービスに出かける前に、「暴言はだめだよ。優しい言葉を話そうね。」と念を押し、A君も「分かりました。頑張ります。」とのやり取りをして送り出すのですが、毎回虚しい結果を知らされることになります。あれほど注意しているのに、デイサービスに出かけていくとすっかり約束を忘れて傍若無人に振舞っているようです。私がいるホームでは勢いあまって思わず暴言を吐くこともありますが、基本的には乱暴な言葉を使うことはありません。それが、私のいないデイサービス(というより、私のいない環境)に行った途端に乱暴者になるようです。以前は、頻繁に暴力もありましたが、この頃は暴力を振るうことはまったくなくなりました。しかし、暴言には拍車がかかっているようで、私の見えないところでA君は豹変しているようで困ったものです。私の基本的姿勢は、「疑わしくは罰せず」であるため、デイサービスの先生や一緒に行っている他児童から話を聞いて注意はしますが、自分の目で問題行動の状況や起った原因や周りへの影響を見ていた訳ではないので的を射た話にはなりません。第一、本人はすっかり忘れてしまっていますので、そもそも話自体が成り立たないのです。

 

 日頃から学校の先生やデイサービスの先生には、問題行動があった時にはその時にすかさず本人に分かるように注意してくださるようにお願いしていますが、優しい先生方が多く、あまり厳しく指導はしていないようです。それをいいことにA君は調子づいて行き過ぎた言動に走ってしまっているように思われます。甘やかして調子づかせることは、子どもにとっても周りにいる児童にとっても良いことは何一つありません。その行為は周りに伝搬し、他の児童まで手に負えない存在になってしまいます。決して、1人の存在は小さくはありません。1人の存在が周りを良くも悪くもするからです。残念ながら、私たちのホームの児童が周りの環境に悪い影響を与えているのではないかと心配になりますので、先生にはちゃんと暴れ馬を御してくださいとお願いしています。悪い事をしたら叱られるのは、大人であろうが子どもであろうが、健常者であろうが障がい者であろうが同じです。悪い事をしているのに、子どもだからという理由で許されてよいものではありません。ちゃんと指導されなければならないと思います。ですから、先生方には遠慮しないで恐れないで問題児と向き合って欲しいと思っています。

 

 先生方には時に触れてそうお願いしているのですが、どうも厳しくなりきれないようで、曖昧に指導したり、軽い注意で終わらせたり、黙認したりしてしまっているようで、児童はそういう大人の態度には敏感に反応します。そういうところだけは抜け目がないのです。ですから、面倒くさがらず、真剣に向き合って、分かるまで指導して欲しいと思っています。そうしないと、結局は手の付けられないモンスターを作り上げてしまうし、周りの児童にも感染していきクラス崩壊につながっていくからです。里母は、「1人の児童のために真剣に向き合うなんて無理よ。他の児童の面倒も見なければいけないんだし、先生も人なんだから訳の分からない児童のためにばかり時間は割けませんよ。」と言います。確かにその通りではありますが、私の今までの人生において記憶に残っている先生は、やはり一個の人間として私に真剣に向き合ってくれた先生だけですから、難しい話ではありますが、先生方には理想を追っていただきたいと願っています。私は求めすぎでしょうか。

ブログ00112 「自我」 2020年5月3日

 里母にB君が、FさんとA君の遊びに入れて欲しいのだが入れてもらえないと泣きついて来ました。FさんはB君と馬が合わず距離を置いていますので(というよりは避けています。)、当然のことながら遊びの中に入れたくはありません。B君は、Fさんに自分が嫌われていることを知っているにもかかわらず、その遊びの中に入りたいと言います。里母には、B君のその心理が理解できず、いろいろと説明をしていたようです。私は別室にいたのですが、里母が一生懸命に説明しているにもかかわらず、B君は全然理解できないことに里母が困っているのを感じましたので、分からせるのは難しいと思いつつも参戦いたしました。

 

 B君は、相手の気持ちを察することが非常に苦手な子で、一緒に遊びたいという自分の気持ちが何よりも優先され、相手がどう思うかを想像することができません。知識としてはFさんが自分を嫌っていることを知っていますが、それよりも自分が遊びたいという気持ちの方が大切で優先されるため、相手のことはお構いなしでその遊びの中に無理やり入って行こうとします。そんなことをすれば当然嫌われます。ですから、里母は「相手が嫌がっているのに、その遊びの中に無理やりに入って行ってももっと嫌われるだけで、君が嫌な思いをするだけだからやめた方がいいんじゃない。」と勧めても、B君は「嫌われてもいいから、遊びに入りたい。」と答えます。どこまでも突き抜けた自己中です。私たちの制止を振り切って、またしても相手の気持ちや思いをまったくかえりみないで暴挙に及ぶ勢いです。それでいて、実際に遊びの中に割り込むとみんなから文句を言われ、意地悪されて、敵視されて「みんなが意地悪するんですよ。」と泣きながら訴えてくるのです。それを何度となく繰り返しているのに、またそれをしようとするのか。「呆れてものも言えない。」状態です。

 

 発達障がい児であるB君は、相手の気持ちを察することができないのは仕方のないことです。乳児院から2歳の時に私たちのホームに来た時よりずっとその問題を指導して来ましたが、まったく学習することはできませんでした。努力では乗り越えられないもの、それが障害ですからどうしようもありません。それを彼に努力や頑張りで何とかしろというのは無理な相談です。これは努力の問題ではなく受け入れる問題です。この障がいを受け入れた上でどう生きるかが問題だと思います。B君は、決まり事やルールにこだわりのある子なので、彼が人間関係において辛い思いをしないで過ごすためには、ルールで導くのが一番だと思います。それでB君には、「Fさんが居るところでは遊ばないで、Fさんと遊んでいない児童と遊ぶルールにしよう。その時に、自分のしたい遊びをしたら次は相手のしたい遊びをするルールにしよう。相手がやめたいと言ったら他の児童を探して遊ぶか、一人遊びをするルールにしよう。」とルールずくめにいたしました。人の気持ちを考えるのは苦手ですが、ルールに対する記憶力は抜群です。それを生かした処世術です。結局、「Fさんがいるところでは遊ばないというルールだったよね。だから、他の子と遊ぶルールの方に従ってCさんやD君と遊んだら。」と勧めていると、優しいCさんとD君が「一緒に遊んだあげるよ。」と言ってくれて、喜んで別室へ遊びに行きました。B君の将来を思うと、「人間関係で苦労するだろうなぁ。」と感じますが、努力で乗り越えられない障がいことを嘆いていても仕方ないので、工夫で克服する術を成長と共に身に着けて行ってくれればと心より願うばかりです。

ブログ00113 「花見」 2020年5月4日

 ゴールデンウイーク中はデイサービスが休みのため、しばらく子どもたちは家で退屈そうに過ごしています。新型コロナウイルスの影響で非常事態宣言がされている最中ですからやむ負えない状況です。今は、3蜜を避けて、ウイルスに感染しないように、またウイルスを人に感染させないために行動を自粛すべき時です。子共たちもそのことは充分に承知していますので、外に遊びに行きたいとか、買い物に行きたいとか、出かけたい等などと誰も言わずに我慢しています。そんな彼らを見ていると可哀想になって、気分転換のために外に連れ出してやりたくなりました。

 

 でも、こういう時ですから行動には充分に注意しなければなりませんので、人との接触を避けるために車から出ないで景色だけを楽しむドライブにしました。しかも、街中ではなく人のいない田舎に桜を見に行くことにしました。ホームの車両は10人乗りのハイエースですので、みんなで乗り込んで出かけました。あてがあった訳ではありませんが、田舎の方へ車を走らせて行き、大きくて古い家の前まで行きました。どなたの家かは知りませんが、その庭に大きな桜の木が5本ほどあり、満開状態で見事でした。車からは下りず、車窓越しにみんなでその大きな桜の木を眺めて花見をしました。たったそれだけのお出かけでしたが、子どもたちは非常に感動し喜んでいました。桜の木には、なんだか日本人の心を鼓舞する大きな力があることを感じました。非常事態宣言がなされている今だからそう思ったのかも知れません。私たち日本人にとって桜の木が特別な存在なのが分かったような気がしました。

 

 桜を堪能して(他人の家の桜ですが)晴れやかな気持ちになって帰宅の途に就きました。その時の子どもたちの話題は、桜ではなくて小遣いの話でした。こちらが桜の余韻に浸って気持ちよくなっている最中にもかかわらず、新しい学年に進級したら5月から(我が家のお小遣い日は毎月5日ですから、明日が5日であることを思い出したのでしょう。私は忘れていましたが…。)小遣いが上がることが嬉しいようで、「自分は幾らもらえるとか、幾ら貯まっているとか、コロナが終わったらあれを買うんだとか云々」と大盛り上がりでした。一気に生々しい現実に引き戻されました。「花より団子」の彼らには、桜の美しさもあっという間に忘れ去られて行くのだと思いました。今の彼らの目には、桜は見えておらず、お金だけが見えているのでしょう。子どもらしいと言えばそうなのですが、少し寂しい気持ちになりました。

ブログ00114 「ドライブ」 2020年5月5日

 今日も、午後から子どもたちとドライブに行きました。昨日とは別方向の田舎に向けて車を走らせました。何の目的地もなく行き当たりばったりでもいいのですが、一応大体の目的地を定めてのドライブにしました。車の走っていない田舎道を軽快に走りながら自然を堪能し、当別ダムに行きました。車を降りないでさらりと見るだけの予定でしたが、ダムを見たことのない子供もおり、人もいなかったので少しだけ下車して近くで見学させました。ダムについて学べる折角の機会ですので、「ダムが何のためにあるのか知っていますか。」と尋ねると誰も知らないと言いますので、「大きくは、川の水量を調整して氾濫をふせぐため、取水して飲料水にしたり降水量が少ない時の水不足を解消するため、水の高低差を利用して発電するための3つです。」という話をしました。理解できたかどうかは定かではありませんが、ダムの実物を見て学ぶ機会を得れたことは良かったと思います。

 

 そのあと、広大な土地に広がる「道民の森」に入り、両脇に広がる森林、青々とした作物の生える畑、たくさんの小さな丘陵、清らかに流れる川、豊かに水をたたえる湖、歴史を感じさせる古い民家等を走り抜け、たくさんのマイナスイオンを吸収してリフレッシュする機会を過ごしました。というのは私と家内だけで、子どもたちはお菓子をひたすら取りつかれたように夢中で頬張りながら、「これは美味しい、これは初めて食べるな、交換してくれない、さっき上げたお菓子返して(あげたのに返してもらうんかい。)、そのお菓子ちょうだい等など。」大騒ぎでした。まったく自然には興味のない子どもたちでした。「こんなに豊かな自然に恵まれた北海道に住んでいながら、その有難味が分からないなんて可哀想な子どもたちだ。」と少し寂しさを覚えながら車を走らせました。

 

 「道民の森」では車を降りることなく自然を眺めましたが、ホームへの帰り道にあった公園で少し遊ばせました。田舎にある人のほどんどいない公園でしたので、遊具では遊ばず(もともと遊具自体のない小さな公園でしたが)少しだけ芝生で遊ばせました。非常事態宣言が出されている最中ですから、たとえ人がいないといえども長く遊ばせるのは非常識ですので、公園の端の方で時間を限って遊ばせることにしました。フリスビー、サッカー、野球、バトミントンと短い時間の間に盛りだくさんに詰め込んで思いっきり遊んでいました。ダラダラと遊ぶより、20分と限った方が密度の濃い遊びをするのだと言うことが分かりました。たったそれだけの遊びでしたが、彼らは充分に楽しめたようですし、帰りにコンビニでアイスクリームを買ってあげたことで更に満足したようです。これと言って特別なことは何もしていない一日でしたが、それなりに楽しい一日を過ごすことができました。明日からはまたデイサービスがあります。デイサービスの先生方の労苦に感謝です。

ブログ00115 「付き合い」 2020年5月6日

 D君は、中学生に上がったにもかかわらず、相変わらずほとんどの時間を小学生と過ごしていることが気になっています。元々幼い傾向があった児童ですので、中学に進学するのをきっかけに生活スタイルも中学生風(ちょっと大人)になることを願っていたのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で休校が続き、他の中学生との接点がまったくありません。もっとも友達の影響を受ける時期ですが、その影響を受けるべく友人との交流がないのですから影響の受けようがありません。一日中、小学生と幼稚な遊びに終始しており、まったく中学生らしくありません。

 

 このままではいけないと思いまして、D君には「君ももう中学生なんだから、いつまでも小学生と幼い遊びばかりをしていないで、E君やFさんと中学校の話や趣味の話をしたり、一緒にゲームをして遊んだりして中学生たちとできるだけ過ごすようにした方がいいんじゃない。」と勧めました。しかし、気が付くと小学生といつものように遊んでいます。「だから、少しずつでも中学生と遊ぼうよ。」と言っても、私がいなくなるとまた小学生と遊んでいます。すでに中2になったE君や中3のFさんは、D君の幼さを嫌って距離を置いていますから、D君も近づきがたいのかも知れません。まぁ、小学生低学年レベルの遊びを楽しんでいるような児童と遊びたい中学生など一人もいませんから、彼らの反応は当然のことなのかも知れません。E君もFさんも、他の児童に捕まらないようにさっさと自分の部屋に逃げていきます。そのため、結局取り残されたD君は、小学生と遊ぶという状況になってしまいます。

 あまりにも幼すぎると中学校生活が始まると他の児童とのギャップが大きいですから、私が少し付き合って遊ぶことにしました。子どもと遊びたい訳ではありませんが(58歳にもなると面倒なので遊びたくはありませんが)、PS3の年齢区分B(12歳以上〜15歳未満)のゲームソフトを物置から取り出してきて、一緒に遊ぶことにしました。ゲームソフトの説明書を渡して読ませましたが、まったく理解できないようです。ゲームで遊ぶどころか、遊び方の説明で私は疲れ果ててしまいました。「時間がかかるわ〜」と思いつつも、へこたれず明日もチャレンジしようと思っています。3DSと任天堂スイッチしかやったことのないD君ですので、プレイステーションは新鮮な驚きを感じるのではないかと思っています。

ブログ00116 「事務仕事」 2020年5月7日

 ゴールデンウイーク中はデイサービスもお休みでしたので、家で過ごしている子どもたちの相手をしているうちにあっという間に一日が終わって他の事が何もできません。。そこで、デイサービスが再開されましたこの機会に溜まっていた事務仕事を処理することを目標にしていましたが、結局はほとんど作業は進みませんでした。現在は、新型コロナウイルスの影響でデイサービスの開始時刻が遅くなり(施設の消毒作用のため)、11時前のお迎えになっているため、彼らが出かけてからの始動となります。まずはホームの掃除や片付け、ホームに残っている児童の昼食準備、買い出し等のホームの用事を済ませたらもう14時過ぎです。17時に子どもたちがデイサービスから帰ってくるまでの3時間に少しでもやろうと思っていましたが、児童相談所に書類を届ける用事を思い出し、急いで車で書類を届けに行きました。そして、帰りに児童から頼まれていたゲームソフトをゲオ買いに行って、ホームに帰ってきたらすでに子どもが帰ってくる17時になっていました。結局、今日も事務作業は何もできませんでした。

 

 毎日がこんな感じで、ホームの事務処理のための時間を確保することには苦労しています。厚生労働省によってファミリーホーム制度が導入される際には、養育者が児童の養育に専念できるようにできる限り事務作業を軽減する方針だったはずでしたのに、時とともに次々と事務作業が追加されて行き、養育者の手に負えないほどの事務作業量になって来ています。児童養護施設のように、養育担当職員の他に事務員、清掃員、施設管理員、調理員等の職員がいる環境なら良いのですが、ファミリーホームは里親がほとんどすべて行わなければなりません。事務作業量が増える程、養育の時間が削られる事態になってしまいます。厚生労働省や児童相談所は、もう少しファミリーホーム事業者への配慮をお願いしたいものです。

 

 この頃私を悩ませているのは、送られてくる書類の多さです。それを開封して見るだけでも相当の時間を要します。全部目を通しているとそれだけで人生が終わってしまいます。厚生労働省、児童相談所、里親会、児童福祉関連業者、消防署、税務署、市税事務所、法務局、社会保険事務所、労働基準監督署、ハローワーク、建設会社、ホームの出入り業者等からの通達や連絡や周知の書類、大学や研究者からのアンケート調査書、商品のカタログ等、毎日様々な書類が届きます。とても見てられません。特に悩ましいのは、児童相談所からメールで送られてくる書類です。この頃は、郵送ではなくてメールで書類を送ってくることが多いのですが、平気で100頁を超えるものを送ってきます。それを見ただけで気持ちが萎えてしまいます。「いつ読めというのか。どこにこれを読めるだけの時間があるというのか。」と思ってしまうことも度々です。本当に何とかならないものでしょうか。このままじゃ、ファミリーホーム事業者は書類に埋もれて死んでしまいますよ。

ブログ00117 「失踪」 2020年5月8日

 昨夜、ホームでは大きな事件が発生しました。夜の22時過ぎ、いつものようにE君に貸し出していたゲーム用テレビを部屋の前に取りに行った時、突然けたたましく火災報知機の警報が鳴り、事務室に行くと「1階火災」と表示されていました。1階の台所は通ってきたばかりで異常はなかったので、E君の部屋しかないと思い(タバコでも吸っているのではないかと疑い)部屋のドアをノックしましたが返事がありません。事務室に合鍵を取りに行き部屋を開けたところ、部屋にいるはずのE君がいません。幸い火災等の異常がないことは確認しましたが、問題なのはE君がいないことでした。里母も火災報知機の警報を聞きつけて来ましたので、火災の方の問題はないけれどなぜかE君がいないことを話し、2人で捜索を始めました。1階からすべての部屋を隅々まで調べましたが見当たりません。2階に行き1つ1つ部屋を見て回りましたが見つかりません。無断外出したのかもしれないと思い、近くのゲームショップやコンビニも捜索しましたが見つけることができませんでした。

 

 捜索を開始して1時間半の夜23時45分になりましたので、一旦中断して児童相談所に報告して指示を仰ぎました。警察に捜索願を出してくださいとのことでしたので、すぐに警察に連絡しました。警察官が到着するまでの間に、実親さんに連絡をしてE君が帰ってきたら連絡くださるようにと伝えました。先日、E君は誕生日を迎えて実親さんから手紙と誕生プレゼントをもらっていたので帰りたくなったのかもしれないと思ったからです。間もなく、警察官の方が3名ホームに駆けつけてくださいましたので、事情を簡単に説明して捜索願に必要な情報をお伝えしました。E君の写真も提示し、市内をパトロールしている警官に情報を流して探してくれるように連絡してくださいました。迅速な対応に本当に感謝しました。警察官の方が、「もう一度ホーム内を一緒に捜索しましょう。」と言ってくださって探し始めると、暗闇の中2階の廊下でうずくまって泣いているE君を発見しました。立ち入りを禁止している2階に上がったのがバレるのが嫌で、私たちの捜索を移動しながらかわして隠れていたそうです。「何と器用な!忍者か!」 あれだけ里母と2人で必死に捜索したのによく見つからないように移動して隠れ続けることができたものだとある意味感心しました。お騒がせしました警察官の方たちには丁寧にお詫びし、E君にも謝らせました。札幌市内での捜索を中止してもらい、心から感謝を伝えて帰ってもらいました。すぐに児童相談所と実親さんに報告と連絡をして、本人から話を聞きました。

 

 結局のところ、立ち入り禁止の2階に上がったことがバレて叱られるのが嫌で隠れ続けていたようで、私たちが警察を呼ぶまでの大騒ぎになったことで更に出てきにくくなり、どうしたらいいのか分からなくなって2階の廊下でうずくまって泣いていたそうです。少し落ち着くまで待って「なぜ、2階に上がりたかったのか。」と理由を聞くと「2階の部屋がどうなっているのか見たかった。」とのことでした。ホームの2階には中学生の女子が2人いるので、間違いがあってはいけないので2階に上がらないように普段から話していました。人は禁止されるとより興味を持つものですから、思春期の彼は2階に行って見たかったのでしょう。いつもはその時間に私が2階にいるのですが、昨日はたまたま別館の方に行っていたのでその隙をつかれたのだと思います。今の彼の状態からはこれ以上問い詰めるのは得策ではないと判断しましたので、「2階には上がってはいけない理由を話し、ルールを守るように注意しました。そして、大事になる前に正直に話さないと色々な人に迷惑をかけるから、失敗したらすぐに正直に話すようにしなさい。」とだけ話して休ませました。里母とは、これからはもっと注意しなければいけないことを申し合わせました。それにしても、あの時に火災報知器が発報したことが幸いしました。もし、それがなければ私がE君の部屋に確認に行くことはありませんでしたから、そのまま気付いていなかったら2階で大きな事件が起こっていたかも知れません。正直、「守られた。」と思いました。煙が上がっていないにもかかわらず、煙感知器が反応して火災報知器が警報を発報するなんて普通はあり得ません。尋常ではない事態が起こって私たちに危険が知らされました。神様の奇跡としか思えませんでした。クリスチャンである私たちは、「神様が知らせてくださったんだね。」と話して感謝の祈りを捧げました。とにかく、E君が無事で何よりでホッと胸をなでおろしました。

ブログ00118 「マウント」 2020年5月9日

 中学生に成長してきたCさんは、この頃徐々に反抗的な態度を取るようになってきました。今朝も里母からお風呂のことで注意されましたが、目を吊り上げて文句を言っていたそうです。ホームでは、シャワーを浴びたら抜け落ちた髪や排水溝に溜まっている髪を自分で掃除することになっていますが、長い髪の毛がそのままに放置されていたのでCさんだと思った里母は、彼女を呼んで掃除し忘れたことを指摘しました。すると彼女は、「自分ではない。お姉ちゃんだ。」と言って、自分だとは認めませんでした。里母は、髪の毛の長さからCさんだと確信していましたが、彼女が頑固に自分ではないと言い張るので念のためFさんに尋ねたところ、「昨日、私はお風呂に入っていません。」との返答でした。Fさんの証言もあり、否定できない現実を突き付けられても、自分の非を認められず不満そうに片づけたようです。自分でも自分の気持ちをコントロールできないのでしょう。思春期によくある揺れ動く不安定な心の様の表れでしょうが、見ているこちらは不愉快な思いがします。

 

 その後、デイサービスがに出かける時にも、「行ってきます。」を言わないで無言で行こうとするので、「ちゃんと『行ってきます。』と言って行きなさい。」と注意しました。何で成長とともに親に素直に従えなくなるのかは分かりませんが(それを研究するのは学者の仕事)、成長の過程とか、反抗期だとか、中2病だとか、思春期だとかという言葉で済まさないで欲しいと思います。生身の人間が相手にしているのですから、生意気な態度には腹が立ちます。注意されるとか、指摘されるとか、指示されるとかを嫌い、それに従ったら何か負けてしまうような感覚で反抗し、自分を優位に立たせようとする態度に私は我慢がなりません。人間が小さいので…。生活の端々で、マウント取りに来る行為にはイラっと来ます。私は、絶対にマウントは取らせません。マウントを取らせると、傲慢で横暴で無茶で心無い要求を平気で押し付けてくるようになりますので、そんな態度を許してしまうと家庭が壊れてしまいます。ですから、児童がマウントを取りに来ると跳ねのけるようにしています。私は、「親の囲いで守られて生活している分際で、理由もなく気分次第で反抗するなんて20年早いわ。」と思っています。何でもかんでも親の希望を押し付けて従わせるつもりはありませんが、不満や要望があるなら、「感情に任せずに冷静に落ち着いて話そう。」というのが私のポリシーです。必要なのは、反抗ではなく交渉力です。それは、彼らが社会に出て行ってからも役立つスキルだと思います。

 

 ある人は、「大人になったら落ち着くから、今は我慢の時よ。」という人がいますが、彼らが親の苦労が分かって落ち着くのは何年後のことですか。ホームの子どもたちは、いつ家庭引き取りになるかも知れませんし、長くても高校卒業と共にホームから自立して行きます。私たちはいつ報われるのですか。呑気に待っていたら報われることなく、私たちは疲れ果ててしまいます。そうならないために、将来ではなく今、里子たちとは平和な家庭生活を営むことが必要だと思っています。そのためには、今できる努力をお互いにすることが家庭を保つ秘訣だと思いますので、私は遠慮なく彼らにも要求します。また、私も彼らの要求にはできる限り答えてあげたいと思います。そうやって、協力しながら家庭を保って行くのが、本来の家庭の在り方だと思うのですが、間違っているのでしょうか。

ブログ00119 「不審物検査」 2020年5月10日

 ホームでは、月に一度「危険物・不審物検査」を行っています。これは、ホーム全体のすべての部屋をチェックし、危険な物や不審な物がないかを調べ、子どもたちの安心・安全を保持するための大切な作業です。単に危険物・不審物がないかというだけでなく、火災や地震の際の避難経路に障害物がないかとか、設備に不備があって危険が及ばないかというところまで確認し、子どもたちの安全が守られ安心して生活できるようにするための重要な作業だと思います。その点は、国や実親さんからお預かりした大切な児童ですので、定期的に抜かりなく実施するように心がけています。

 

 このような作業は、あまり一般家庭では馴染まないことですが、そこは血のつながりのない家族(他人が集まった一時的な家庭)であることの限界から生じている事柄であると承知しています。ファミリーホームの創設当初には行っていなかった調査ですが、数年前に大きな事件がありました。それは、ファミリーホームの養育者が脱衣室に盗撮カメラを仕掛けていたのが判明し、警察に逮捕されるという事件が起こったからです。本来であるならば、子どもたちが安全に安心して生活できるはずの家庭においてそのようなおぞましい行為がなされていたことに大きな衝撃を受けました。当然のことながら、そのファミリーホームは閉鎖され、委託児童はすべて他の家庭や施設に措置変更されました。ある日突然、子どもたちは生活の場を失い、新しい学校に転校し、慣れない生活環境に変更させられ、そして何よりも信頼していた養育者の裏切りに深く心を傷つけられてしまいました。他のファミリーホームで起こったことですが、私としましては、本当に胸が引き裂かれるような深い痛みを感じる事件でした。

 

 そんなことが2度と繰り返されてはならないと思い、再発防止策を幾つか検討し、そのうちの1つが月に一度の「危険物・不審物検査」を実施することでしたので、その事件以来ずっと継続して行っています。ファミリーホームには、事業管理者や里母だけでなく、パートタイムのお手伝いの人や様々な業者さんが出入りします。皆さん信頼できる方々ばかりではありますが、万が一のことがあってはなりませんので、念には念を入れて調査は続けています。今日は、その月に一度の調査日で、ホームのすべての部屋(当然子ども部屋もです。)とその他の設備(トイレ、脱衣室、風呂場、ごみ置き場、階段、物置、玄関、ボイラー室等)もチェックしました。子どもたちにも月に一度の「危険物・不審物検査」のことは伝えていますので、自分の部屋を片付けて綺麗にしてくれますし、不審物を持ち込みにくいという付随的な効果もあってなかなか良いものだと思っています。今回のチェックも問題なしで、また安心して1か月の生活を送れると思いました。

ブログ00120 「委託」 2020年5月11日

 新型コロナウイルスの影響でしばらく会っていなかった友人宅に、初めての里子が委託されてきたとの連絡がありました。昨年より新規里親登録研修を受けて、無事に里親登録ができたとは聞いていましたが、こんなに早く児童が措置されてくるとは思っていませんでした。恐らく、委託希望児童に対する条件を付けなかったことが理由ではないかと想像しています。多くの里親登録者は、委託希望児童に様々な条件を付けるケースが多く(たとえば、性別、年齢、障がい、性格、素行、実親の状況等など)、なかなか措置に至りません。条件を付ければ付ける程、委託の打診があるまでに時間がかかりますし、実際に対象児童と交流しながらマッチングを図りますがうまくいかなかったりすると更に長くなり、場合によっては2年とか3年とか待っている人もいるくらいです。

 

 確かに、それぞれの家庭の事情というものがありますので、一概に委託希望児童に条件を付けるのは良くないとは言いませんが、あまりにもたくさんの条件を付けるのはいかがなものかと考えさせられます。何か児童の品定めをしているようで、個人的には好きになれません。自分に子どもが生まれてくる時に条件を付ける人はあまりいません。生まれてくる時も、性別も、障がいの有無も、性格も問えませんし、実際に生まれて見なければ分からないことも多いと思いますが、そのすべてをひっくるめて受け入れて子どもを出産します。それが、子どもを授かると言うことです。でも、里子に関しましては、里親が自分の好みに合う子どもを選ぼうとする姿勢に私は違和感を感じます。それは、児童主体ではなく里親主体の福祉になっているからです。授かりものという観点からいいますと、条件なしに引き受けるのが本来の在り方だと思いますし、児童主体の福祉としての相応しい姿勢だと考えますが厳しい考え方でしょうか。理想に過ぎないと揶揄(やゆ)されるかも知れませんが、理想を失った福祉に人を幸せにする力はないと私は思っています。

 

 私たち夫婦は、今までもできる限り条件をつけないで委託の依頼があった児童を受け入れてきました。今も発達障がい児5名とボーダーの児童1名をお預かりしています。私たちが条件を付けていないことをいいことに、他で受け入れを断わられた児童ばかりがやってきます。児童相談所の職員も、「他に委託できるところがないんです。」といって打診してきます。そんなことを言われて断れるぼど私たちの心臓は強くありませんから、結局発達障がい児ばかりのファミリーホームになっています。でも、私たちはまったく不幸ではありません。私たちの家庭を必要としてくれる子どもたちがいることだけで感謝です。彼らと共に生き、実親さんのもとに成長して送り返せるように、また何とか社会に自立して行けれるようにお手伝いができるだけで幸いに思います。苦労は多いですねどね。まぁ、それもいずれは良き思い出に変わりますから気にしていませんが…。とにかく、もっともっと被虐待児童を預かってくれる里親・ファミリーホームが増えることを心より願ってやみません。そういった意味で、友人の里親登録と里子委託の話はうれしいニュースでした。