ブログ00121 「価値観」 2020年5月12日

 日頃からデイサービスさんとは、小さな連絡帳で児童の様子や重要な連絡をかわしていますので、子どもたちはそれぞれに自分の連絡帳を持っています。子どもたちのその日の様子は送迎の際に報告を受けていますので、基本的には重要な連絡の時のみ使用されているため、子どもたちが自分でリュックの中に保管していることがあります。A君の連絡帳を久しぶりに見てみると、びりびりに破かれて落書きに使われていました。どうやら落書帳が欲しかったようで、その衝動を抑えきれずに破って使ってしまったようです。

 

 最初は、「デイサービスの先生がもういらないから落書きに使っていいと言われました。」と言い訳していましたが、そんな訳はありません。他の児童は大切に使用していますから、見苦しい言い訳であることはすぐに分かりました。「本当にそうなの。正直に話した方がええで。」と言うと、「落書きするための紙が欲しかったので破いてしましました。」と白状しました。我が家では、正直に話した方が罰(ゲーム時間が短くなる)は軽くすみますが、うそをつくと罰が重くなる(ゲームをする時間が更に減る)ことを知っていますので、少しはうそをついて抵抗していてもそのうちに「このままでは罰が重くなる」と思うようになって比較的に早く白状します。彼らはゲーム命なので…。結局は、ゲーム時間の20分減分とノート代の弁償(110円)と先生への謝罪という罰を受けて解決しました。

 

 元々大人と子供では、物に対する価値観が違います。連絡帳は大人にとっては大事な物ですが、子どもにとっては落書きの方が大事です。落書きしたくなって手元に連絡帳があれば使いたくもなります。ですから、A君の行為も分からない訳ではありませんから、A君には「落書帳が欲しかったら言ってちょうだい。準備してあげるからね。大人にはデイサービスの連絡帳は大事なものだから破かないで欲しいんだ。」と話しておきました。日常生活の中での親子の対立は、今回のようにそれぞれの物に対する価値観の違いが原因していることが多いように思います。その対立が減るためには、子どもたちが大人の価値観に近づいていくことが求められますが、そのためには大人として成長していく中でその重要性が少しずつ分かることが必要です。ですから、それまでは意味が分からないけどしてはいけないことなのだと受け止めてもらうしかないと思いますし、彼らの欲求を満たす代用品を準備してあげることも重要だと考えています。両者の価値観の共有までは、今しばらくは時間がかかるけど仕方のないことだと思っています。

 

 

ブログ00122 「別室」 2020年5月13日

 長い間、年齢の近いA君とB君は同室で生活していました。そのせいか、A君がB君につきまといB君が生活を乱してしまうという問題が生じてきました。A君は非常に利己的でお構いなしに我を通そうとしますし、B君は相手を逆なでするような余計な言葉が多く、常に言い争っている状態です。仲が良ければいいのですが(そういう時も多いのですが)、この頃は争うことが増えてきており、その対応に追われるようになり悩みの種となっています。一緒に遊ぶと喧嘩になるので離れて遊ぶように勧めても、いつの間にか一緒に集まり争いを始めるという毎日です。「共依存か!」と言いたくなる状況です。

 

 家庭であれば、私がいることで争いにはなりませんし、たとえ喧嘩に発展しても私が止めればすぐに治まりますが(私はかなり恐れられていますので)、問題なのは私のいない学校やデイサービスです。この頃の先生方は皆さん優しく(私からすれば優しすぎると思うのですが)、A君がまったく注意を聞かないでB君につきまとって喧嘩を繰り返しているそうなのです。それを送迎の際に聞かされるのですが、この頃は少し聞き疲れてきました。私からすれば、それはデイサービスの先生方の対応の問題であり、デイサービスで問題解決まで完結させてから送ってきて欲しいと思ってしまいます。子どもが悪い事をしたらその場で指導をするというのが原則だと思うからです。子どもにとっては、家庭とデイサービスは別世界の話であり、彼らは器用に使い分けて生活しています。ですから、家に帰ってきた時点でデイサービスでの問題はすでに終わったことです。それを蒸し返されて話されても、まずは覚えていませんから何が問題であったかから話を始めなければなりません。時間がかかって仕方ありません。悪い事をしたらその時点でガツンと叱っていただき、反省させて問題を解決してもらいたのですが、何を恐れているのか軽く注意したりうやむやにしてホームに送って来るのです。そして、私たちに「こんな問題がありました。」と長々と話すのです。正直、「そっちで何とかしてくださいよ。」と言いたくなります。

 

 そこで私は対策を練りました。まずは2人の物理的な距離を離すことから始めようと思い、2人を別室にしました。一時保護児童やお客さんのための部屋にB君を引っ越させました。そして、デイサービスの責任者に電話をし、2人を別々の事業所で預かってくれるように依頼しました。このデイサービスには事業所が2か所ありますので、うまく2人を分けて見てもらうようにしました。少しずつ、距離を広げて一緒にいる時間を減らすことで争いを減らすという戦法です。でも、これは暫定的な対策であって、抜本的な対策ではありません。A君もB君も成長と共に、相手の気持ちを察することのできる子どもになれることが目標です。それができるようになれば、人間関係で起こる争いのほとんどは避けることがきるからです。日々の指導を積み重ねることで、少しでも相手を思いやれる子どもに成長してくれることを願っています。

ブログ00123 「申告」 2020年5月14日

 今日は、年に一度の法人所得税、法人市民税、法人道民税の申告に行きました。例年だと法人会計を4月上旬にしめて中旬には申告に行くのですが、今年は新型コロナウイルスの影響でバタバタしていまして5月中旬になってしまいました。多くのファミリーホームは、税理士に会計処理と申告を委託していますが、私は手間はかかりますが自分でしています。会計ソフトで申告に必要な決算書、事業報告書、別表、減価償却一覧表等の必要な書類は作成できますので、税務署に行って職員に手伝ってもらいながら申告書を作成します。税務署職員は、非常に優しく丁寧に説明してくれますので、そんなに難しい作業ではありません。言われるとおりに金額を記入していけばよいだけですので、多くの方々が思っているよりもずっと簡単です。ただ、所得税の申告をすると税額が算出され、その金額が法人市民税や法人道民税の税額に影響しますので、税務署での申告が終わったら市税事務所に行って法人市民税の申告、それが終わったら道税事務所に行って法人道民税の申告をしなければならず、一日がかりの仕事になります。でも、年に一度のことですし、一日で終わる作業ですので大したことはありません。

 

 私は、手間はかかるもののわざわざ高い報酬を支払って税理士に申告の作業を頼む必要はないと思っています。ただ、正直面倒くさいのでただでやってくれるならば頼みますが、年間30万円から50万円もの必要経費(税理士によっても頼む作業内容によっても報酬は変わります。)を所得申告のために支出することには抵抗を感じます。私はケチなので、他人に頼まなくても自分でできることは自分でするようにしています。他人に頼むとお金がかかりますからね。それに、税務署であれ、市税事務所であれ、年金事務所であれ、法務局であれ、労働基準監督署であれ、職業安定所であれ、どこの職員も書類の書き方を非常に丁寧に教えてくれます。まったく問題ありません。ですから、私はファミリーホーム事業者には、是非ともご自分で申告されることをお勧めします。そうすれば、年間数十万円の経費が浮きますよ。

 

 私がケチなことは子どもたちも知っていまして、ある日「お父さんのことをどう思っているのか。」と聞いた際に、みんなして「ケチ!」と言いました。それを聞いて「その通りやわ。よく分かっとるなぁ。」と思いました。私はいたずらに高価な物や無駄な物を買うことはありません。子どもたちの生活や学業で必要な物を買うことには出し惜しみませんが、趣味・嗜好にかかわるもののために高額な買い物はいたしません。それが子どもたちの目にはケチと映るのだと思います。私は趣味・嗜好のために高いお金は出しませんが、子どもの成長や幸せのために必要と思えば幾らでも出します。たとえそれが数十万でも数百万でもその子のために出す覚悟はしています。私が日頃から節約しているのは、いざ必要となった時にドカンとお金を出すためです。私が、1人でも多くの被虐待児童を保護するために5つのファミリーホームを設立したのも(1件設立するために3000万円から5000万円かかります。)、被虐待児童のために必要だと思ったからですし、そのための借金なら厭(いと)いません。設立に漕ぎ着けれたのは、当然のことながら多くの支援者のお陰ではありますが、私のケチも一役買ったと思っています。5件のうち4件は他の事業管理者さんが運営していますが、私は今もその借金を負って毎月支払っています。でも、決して負担には感じていません。それで一人でも多くの被虐待児童が安心・安全な生活を営めるならば言うことはありません。「ケチで結構。でも、その子の幸せのために必要とあらばお金に糸目はつけないで支払おう。」それが私のお金に対する覚悟です。

ブログ00124 「エアコン」 2020年5月15日

 札幌も5月中旬になり、日中の気温も20℃を超える日もあるようになり、そろそろ夏に向けてエアコンの購入を考えた方が良いと考えてヤマダ電機に見に行きました。本州の暑い地方の方々から言わせれば、「札幌でエアコンは必要ないでしょう。」と思われるかも知れませんが、7月になると30℃を超える真夏日になることもあり結構暑いです。私が37年前に札幌に来た時には今ほどには暑くなかったような気がするのですが、地球温暖化の影響もあってか四国育ちの私でも「めっちゃ、暑くてたまらんなぁ。」と思うことも度々あります。まぁ、それでも我慢できない訳ではないのですが(扇風機はガンガンかけますが)、国から大切な児童を預かっていますので、子どもたちのことを考えるとエアコンはやはり必要だと思います。子どもたちの体は弱いですから、熱中症になると命にかかわりますので、私がどんなにケチであっても必要な設備だと判断いたします。

 

 ホームの居間には大型のエアコンがあって快適ですが、児童の部屋全部にエアコンをつけることはできません(使用電気容量や設備費用の問題あり)。それで、彼らには1台ずつ扇風機を与え、眠る前にはアイスノンを渡して体温を下げるように工夫してしのいできましたが、昨夏に限界を感じて子供部屋のある2階廊下にエアコンをつけることにしました。少し大きめのエアコンをつけて全部の子供部屋を1台で冷やそうという魂胆です。またしてもここでもケチ魂が炸裂していますが、ケチは効率的な節約のために知恵を使いますのでボケ防止にはなるのではないかと思っています。まぁ、これはケチの見苦しい正当化に過ぎませんけどね。

 

 ホームでは、夜間に暑くても窓を開けることができません。それは、防犯のために夜はアルソックのホームセキュリティーをかけているからです。この地域がそんなに治安が悪いと言うことではありませんが、不審者が侵入して子どもたちの身に危険が及ぶようなことがあってはなりませんので、安全を考慮した念のための対策です。確かに、それは一義的な意味においてですが、もう一つ意味がありまして、それは児童が夜間に無断外出することを防止するためです。ホームセキュリティーをかけると窓を開けただけでけたたましく警報が鳴りますので、こっそり抜け出すことはできません。更に、警備員が駆け付けてきてしまいますので、夜間の寝静まった時間にこっそり無断で外出しようとの不届きな思いをくじくことができます。ファミリーホーム事業者の皆さん、ホームセキュリティーはいいですよ。是非とも設置をご検討くださるようにお勧めします。ホームセキュリティー自体は良いのですが、そのために窓を開けることができませんので、蒸し風呂のような部屋の暑さによる問題が生じてのエアコンの話です。ヤマダ電機で適当なエアコンを見つけ、6月に工事見積に来るそうです。エアコンは、本体価格も高額ですが、エアコンを設置する場所に電源がなければ工事費がすごく高くつきます。今までの経験では、場合によってはエアコンよりも高くつくこともあります。工事費がどれくらいの見積になるのか、ケチな私はドキドキしています。「安く上がればいいなぁ。」と願っています。

ブログ00125 「ひとり遊び」 2020年5月16日

 A君はひとり遊びが苦手です。彼がひとりで遊んでいる姿を見ることがほとんどなく、いつも誰かと一緒に遊んでいますし、誰彼構わず見つけ出して誰かと遊びたがります。楽しく遊ぶなら良い事なのですが、問題なのは自分のやりたい遊びを相手に強要するところがあり、相手が他の遊びをしたくてもしつこく文句を言って強引に自分の好きな遊びをさせるところです。それでいて、相手のやりたい遊びは一切認めないという頑なな態度です。そんなことをしていると相手も嫌になりますから、そのうち遊びをやめようとしますがやめることを許さないし、その場を立ち去るとどこまでも追いかけてくる始末です。そんなことをしていると当然のことながら、遊び相手がいなくなります。それでも彼は諦めず、誰彼となく追っかけ続けて自分と遊ぶまでつきまといます。場合によっては、激しく怒ったり暴力を振るう仕草をして脅迫行為までします。まったくの自己愛の塊です。

 

 人によっては、ひとり遊びばかりをしている子どもが大丈夫なのかと心配している親も知るようですが、うちはまったく逆です。ひとり遊びができないことで悩んでいます。どちらの極端でも養育者は心配になります。そのため、ひとり遊びができる子がどんな子なのかが気になって調べたりもしてしまいます。そんなに詳しくは調べませんが(うらやましくなりますので)、どうやらひとり遊びができる子は、想像力や発想力が豊かで集中力があり、そのおかげで頭のいい子が多いとの話のようです。確かに、「A君は想像力も発想力も集中力もまったくないわ。」と思ってしまいます。だからと言ってそんなに気にしている訳ではありません。A君は発達障がい児ですから、健常児とは違った時間の流れの中での成長を考えなければなりませんので、この問題も彼の個性として受け止めて対応しなければと考えています。

 

 この世の中には、ひとり遊びしかできない自閉症児もいれば、ひとり遊びができないADHDもいます。彼らの持っている障がいが個性として求められ、普通の社会生活を営めるノーマライゼーションの実現のためには彼らなりの努力や工夫も必要であると思っています。何の努力もなくあるがままで生きることが許されるのではなく、社会生活が営めるための最低基準を満たすための矯正は必要であると思っています。今のままのA君では、とても社会性のある生き方とは言えませんので、社会の中で受け入れられて生きて行けれるように矯正することが、私たち里親の役割であると考えてます。そこで今の取り組みとしては、時間を決めてひとりで遊びをさせたり(絵を描かせたり、ブロックで遊ばせたり)、誰かと遊ぶ時には、自分がしたい遊びを1つしてもらったら次は友達がやりたい遊びを聞いてしたくなくても遊ぶようにすること、遊びを断られたら付きまとわないでひとり遊びをしながら友達が遊ぼうと誘ってくれるまで待つ努力をすること等を進めています。なかなかハードルの高い要求ですが、繰り返し繰り返し話しながら身に着けて行けれるように励ましたいと思っています。

 

 

ブログ00126 「落合ダム」 2020年5月17日

 ホームにいる5人の児童は、毎日デイサービスに通っているので外出していますが、中学3年生のFさんは1週間部屋で過ごしていています。非常事態宣言が解除されていない最中にあっては致し方ない事なのですが、闊達な年ごろの若者が一週間も家に閉じこもって一歩も外に出ないで生活しているというのはあまりにも不健康過ぎます。そこで里母とも相談し、午後から人のいない場所に連れ出すことにいたしました。子どもたち6人をハイエースに乗せて、お菓子をたくさん与えて小樽方面に向かって車を走らせました。人のいない田舎の朝里公園でソフトテニス、サッカー、少しばかりの遊具で遊んだ後、落合ダムに向けて出発しました。このダムも誰も来ない山奥にあるダムで、石を積み上げた堤防が珍しくはありますが、子供たちにとっては面白い場所ではありませんでした。それでも、自然に囲まれた空間で綺麗な空気を肺一杯に吸い込んで気持ちのいい時間を過ごしました。子どもたちはすぐに飽きてしまいましたが、記念写真を撮って帰途につきました。

 

 帰り道に動物を一般公開しているドライブインがあり(名前を確認しませんでした)、そにいる馬、ヤギ、アルパカ(似た動物)、ダチョウ、ウサギ、ポニー、犬に餌を与えながら戯れて楽しみました。小さなふれあい動物園のような場所でしたが、子共たちにとっては落合ダムよりもずっと魅力的で楽しいところだったようで、すごく喜んでいました。やはり生き物が人を惹きつける力は絶大だと感じました。ホームでは、動物は飼わないことにしていますので、こういうところは彼らにとっては本当に魅力的なのだと思います。ホームで動物を飼わない理由は、犬に噛まれた経験があって犬に恐怖心を抱いていたり、猫アレルギーをもっていたり、他の動物でも嫌な経験をしている場合にホームに来ることができなくなるからです。どのような児童でも受け入れると決めた時に、ペットを飼うことも諦めました。そんなことでホームでの生活が辛くなる児童がいてはいけないと思うからです。それに、生き物の世話は本当に大変ですから、今のところ私たちは児童の世話で手一杯なのでペットの世話まで焼いている暇もありません。ですから、今はこれでいいと思っています。

 

 後ろ髪を引かれる児童を急き立てて、車に押し込んで帰途につきました。もう少し体を動かしたかったようですので、ホームの近くにあるグリーン公園で少しだけ遊ばせて帰宅しました。一週間家に閉じこもっていたFさんにとっては、本当に良い気分転換の機会になって元気を取り戻しました。また明日から、元気?に引きこもり生活を始めることでしょう。中学3年生という人生にとっても大事な時期に、新型コロナウイルスの影響で学校生活もできないでいるFさんが、一日でも早く学校生活を取り戻せるようにとこころより願っています。果たして、彼女の高校受験はどうなるのでしょうか。9月入学変更説もあって、色んな意味で先を見通せない不安定な状態が続いています。彼女にとっても、他の受験生にとっても最良の選択を国がしてくれることを心より願っています。

ブログ00127 「ちくたく」 2020年5月18日

 今日は、2か月ぶりにA君のちくたく(札幌市子ども発達支援総合センター)受診日でした。13時にデイサービスに迎えに行き、1時間かけてちくたくに行きます。毎回のようにもっと近くに児童精神科クリニックがあればいいのにと思いつつも、札幌市でも児童精神科医不足の問題がありますし、ずっと診てくださっている先生もいますので遠くても通っています。この頃は、以前に比べて発達障がい児を委託される里親さんが格段に増加していますので、もっともっと児童精神科クリニックがあれば助かるのにと思います。里親さんだけで発達障がい児の養育を背負うのは、あまりにも酷ですし、厳しい現実だと思います。里親さんが委託児童の養育を続けていくためには、たくさんの方々の支援が必要であると思います。どうしても家庭という密室の中での養育になりますので、自分で何とかしようと色々と考えすぎて煮詰まってしまい、問題が解決しない現実に行き詰ってしまうからです。里親さんには、もっともっと様々な支援体制が構築されて行くことが求められます。そうでなければ、里親・ファミリーホームがこれからの社会的養護の担い手となることは難しいと思います。

 今回の相談内容は、A君とB君の争いが絶えないことについてでした。私としては、2人の距離の近さ(近すぎること)が争いの一要因になっていると思っていましたので、物理的に距離を置くために部屋を別にし、遊びもそれぞれに距離を置いて遊ぶように指導しています。そのことについて児童精神科医の担当医の先生に意見を求めました。先生もその方が良いとの見解を示してくださいましたので、ある意味安心して指導を継続しようと思えました。人は誰しも迷いながら色々な手段を講じて養育していますが、やはり専門家の目から見てどう思うのかということは気になるものです。そういった意味で、担当医の先生の話は勇気をもらいました。この状態を続けながら個別に指導し、彼らの成長と共に徐々に物理的な距離を縮めていく手法を取りたいと思っています。すぐに結果が出るという類の話ではありませんが、「数か月後か数年後にまた2人で楽しく遊べるようになればいいなぁ。」と思っています。

ブログ00128 「美容室」 2020年5月19日

 今日は、子どもたちがデイサービスに行った後、里母が数か月ぶりに美容室に行きました。普段から自分のための時間を削って子どもたちの養育支援に奔走していますので、久しぶりの美容室です。6人も里子がいますと、その分問題も多いためにその対処で手一杯になり、どうしても自分のことは後回しにしてしまいます。ファミリーホームでは、単に里子の身の周りの世話(衣食住の準備)だけでなく、食材や日用品等の買い出し、学校やデイサービスからの依頼対応や苦情処理、家庭学習指導、児童相談所からの要望(児童の面談や外泊対応等)、家庭での問題行動に対する指導、その他の会計や記録などの事務処理、施設管理作業等など、子どもの生活全般の支援をしているうちに、あっという間に一日が終わってしまい、結局自分のことは何もできなかったという日が殆どです。ですから、細切れの時間を有効に利用し、今日里母はやっと美容室に行けたという次第です。私たちの基本的な考えは、「今日できることは今日やってしまい、明日しようと思うのはやめよう。」ということです。何度となく「明日しよう。」と思ってできなかったことか。たいがい明日に延ばした予定はできませんから、明日に期待しないようになりました。「今できるなら今やろう。」精神で生活しています。

 

 私たち里親は、自分たちの生活全般にも気を配らなければなりません。国から大切な児童をお預かりしている以上、里親があまりにも粗末な生活をしていると充分な養育がなされていないのではないかと児童相談所に疑われてしまうからです。ですから、里親は高価で華美な服装をする必要はありませんが、身綺麗にする必要がありますし、生活水準が低いように思われるような生活もできません。ある程度ゆとりのある生活をしていることを示す必要があります。そのためにも、たまには美容室に行って髪を整えるのも里親の務めと言えるかも知れません。見た目ですべてを判断するようなことがあってはならないと私も思っています。しかし、良い養育か悪い養育かという問題はどのようにして判断することができるのでしょうか。それを見えないもので判断することはできませんから、ついつい見える物で判断しようとしてしまう傾向になってしまうのは仕方がないのではないでしょうか。それで良いとは思いませんが、児童相談所の職員にとって、良い養育であると判断するのに見た目を重視してしまうことはある意味やむ負えないことではないかと思います。本来は、良い養育であることを決めるのは見えない児童の心の問題であり、児童の心が幸福で、平穏で、希望とやる気に満ちている状態で生活していることを言うのだと思います。しかし、残念ながらそれは誰にも見えないのです。ですから、せめて生活環境だけでも整っているか否かで判断しようとするのだと思います。

 

 児童相談所の職員も一般の人々(学校やデイサービスや町内会の人々等)も、養育の良し悪しを見た目で判断しがちですから、子どもたちの生活環境には注意して気を配る必要があります。確かに、重要なのはそこで生活している児童が幸福であることが何よりも大切にされなければなりませんが、他人から余計な疑いをかけられないためには里親側の配慮も必要だと思います。そのため、里子たちを物が散らかった汚れた住宅や狭い部屋に住まわせることはできませんし、安っぽい服を着せたり、粗末な物を持たせたり、インスタント食品や弁当ばかりを食べさせたり、楽しいイベントに連れて行かなかったり、塾や部活動をさせなかったりするようなことはできません。子どもを大切にしようと思えば思う程、里親は苦労が増えます。その関係は常に反比例します。ですから、里親は自分が壊れてしまわないように、うまくバランスを取りながら子どもためだけでなく、自分のためだけの時間も作ることが重要だと思います。里親の皆さん、ご自分の時間も大切にしてくださいね。それが結局、長く養育に携われるための秘訣だと私は思います。

 

ブログ00129 「マスク交換」 2020年5月20日

 新型コロナウイルスの蔓延が止まらないために、未だにどこのお店でもマスクの販売はしていません。そのため、今の在庫分のマスクを大切にしながら再びマスクが店頭に並ぶまで我慢しながらしのいでいる状態です。子どもたちにも実情を話してマスクを大切に使用するようにと話していますが、当然のことながら汚れてきたら交換することは伝えています。今朝、D君が「マスクを交換してください。」というので、子供用の小さめのマスクを渡したのですが、どうもそれが気にくわなかったようで「今まで使っていたのと同じ大きいマスクがいい。」と言います。彼は小柄の上に小顔ですので、子供用のマスクで十分に役割を果たしてくれますから、私は「安部首相も小さなマスクをしているでしょう。しっかりと鼻と口が治まっているのだからこれで十分です。」と言って渡しました。それを渋々受け取った彼は、しばらくして「あ、そうだ。別のマスクがありました。」と言って大きなマスクをし、子供用マスクを自分の部屋の机の中にしまっていました。「あるんなら何で新しいマスクをください。」と言ったんよと思いつつ、何か嫌な理由があるんだろうと考えました。しかし、デイサービスのお迎えが来る時間だったので、詳しい話は後にすることにしてそのまま送り出しました。

 

 デイサービスから帰ってきたD君に理由を尋ねると、「以前に、小さいマスクをしていてA君に笑われたのが嫌だった。」と話してくれました。そこで私は、「マスクは鼻と口が隠れていれば十分に役割を果たすものだし、大きなマスクをするとかえって隙間からウイルスが侵入して危険だから隙間の少ない小さなマスクの方が良いのだ。」と説明しました。それに、「日本の安部首相も小さなマスクをしているし、日本の全家庭に配られているアベノマスクも小さいサイズのマスクだということを知らないのかい。だから、何も恥ずかしいことではありませんよ。」と付け足し、「そのことを知らない知識の足りない人が笑うのであって、本当は笑っている人の方が恥ずかしい行為をしているのだから何も気にすることはない。」と話しました。彼も「そうか。」と納得しました。そして、A君にも同じ話をし、訳も分からないで人を笑う行為は間違っていることを話しておきました。

 

 どんなことであれ、人は弱みを見せると必ずそこに付け込んできます。そこを指摘すると黙ってしまうなり、逃げるなり、泣くなり、ふさぎ込むなり、元気を失ったりすると分かると、執拗にそこを突いていじめてくる嫌な存在です。ですから子どもたちには、「自分が悪い事をしているのではないのなら、人から何かを言われてもショボンとしてはいけません。胸を張って『それがどうした。何が悪い。』と言い返す強さを持ちなさい。」と話しています。人は弱く出る者に強く、強く出る者に弱く出るものです。いわれのないことでジョボンとして付け込まれることのない強さを、彼らにも持って欲しいものだと思っています。問題なのは、それ自体が正しい事なのか間違っている事なのかを考えることであって、人から何と言われているかではありません。人が何と言おうと、正しいと思うなら何も引け目に感じることはないのです。難しいことですが、彼らにもそういった人間になって欲しいと私は願っています。

 

 

 

ブログ00130 「伝えられない」 2020年5月21日

 昨日、デイサービスの先生からE君の手荒れがひどいという話を聞きました。先生は、数日前からお父さんとお母さんに話しなさいと勧めていたそうですが、E君は「先生から言って欲しい。」と言って自分から伝えようとしないとのことでした。先生もなぜ言えないのかと尋ねても「言いにくいから。」としか答えなかったそうです。それで、業を煮やして私たちに伝えたとのことでした。里母は自分が責められたように感じて辛かったようですが、私としては「どうせ聞くなら、どうして言いにくいのか。」まで聞いて欲しかったと思います。言いにくいには言いにくいなりの理由があり、そこが肝心なのであって「言いにくいから。」という理由で納得して話を終わらせてはいけない話だと思いました。それでは何の解決にもならないからです。

 

 それで食後別室にE君を呼びだして、「先生から聞いたんだけど、手が荒れてるんだって。先生からお父さんとお母さんに伝えなさいと言われたのにどうして伝えなかったんだい。」と尋ねると「言いにくかったからです。」と答えたので、「何で言いにくかったん。」と更に尋ねると「お母さんから毎日ハンドクリームをつけるように言われていたのに、ずっとつけていなかったので言い出せませんでした。」とのことでした。「やはりそうだったか。」というのが率直な思いでした。皮膚の弱いE君には、小児科から皮膚の水分を保つ薬用クリームが出されており、毎日ちゃんとつけるようにと指導していましたが、彼はそれを怠っていたようです。それで、皮膚荒れが悪化したのですが、今さら言い出すことができない状態になっていたのでした。

 

 E君には、前回の失踪事件の際にも大ごとになる前に話をするようにと指導しましたが、その教訓が生きていなかったようです。彼の弱さは、失敗や問題があった場合にも自分からは言い出せず、誰かを通して伝えようとするところです。何かワンクッション置くことによって、あわよくば伝えてくれる人がとりなしてくれるのではないかと期待しているのだと思います。でも実際はそのことで得をするようなことはなく、誰も事実を伝えるだけでとりなしてくれませんし、早く伝えなかったことを余計に叱られるだけなのですがなかなか学習できません。これからの彼の人生を考えますと、良いことであれ悪いことであれちゃんと自分の口で伝えることができるようにならなければなりません。伝えられないでぐずぐずしていると事態は更に悪化してしまい、一段と自らを不利にしてしまうからです。彼には、そこのところを理解でき、後回しにして逃げようとしないで、ちゃんと事実を伝えられる人になって欲しいと願っています。彼の克服すべき大きな生活の課題です。結局、今日皮膚科に連れて行くことになり、強めの塗り薬を処方してもらい、朝晩塗ることになりました。今度は、ちゃんとしているか定期的にチェックしようと思っています。