ブログ00160 「公園」 2020年6月28日

 このところ札幌は雨模様が続いており、外で遊ぶ機会がまったくありませんでした。北海道は梅雨がない地方だといわれていますが、この1週間ずっとぐずついた天気が続いていましたので、「これじゃぁ、本州の梅雨と変わらない。」と四国育ちの私は思ってしまいます。天候だけではなく、今は新型コロナウイルスの感染防止のためには不要不急の外出は控えるべきですが、子どもたちの有り余った力をどこかで発散させなければ家庭の中で爆発させてしまいますので、マスクを着けて30分だけという制限で近くの公園へ遊びに連れて行きました。

 

 残念ながら、私は昼食の準備の際に大量のそうめんをゆでて中腰で水洗いしているうちに腰を痛めてしまい、一緒に遊ぶことができませんでした。それで、車で休みながら彼らの遊びを見ていたのですが、本当にみんな気まぐれで、遊びたい遊びをとっかえひっかえ変えて遊び、一つの遊びを継続することができていませんでした。それも、1人で遊んでいるなら構いませんが、相手がいるのに他の遊びをしたくなったら相手をほっといて別な遊びを始めるという始末です。A君、B君、C君の方からE君に熱心にサッカーをしようと誘ったから遊び始めたのに、E君が後ろにそらしたボールを取りに行って振り返ると誰もいないのです。他の3人は他の遊びを始めているのです。「おいおい。」という状況です。それでも優しいE君は怒ることなく、1人サッカーボールで遊ぶ羽目になってしまいます。いつもなら、私が行って一緒にサッカーを始めるのですが、今日は腰が痛くてできないので可哀想でした。

 

 「普通、一緒に遊んでいるんだから相手に止めてもいいかの許可を求めてから他の遊びを始るだろうに。何で、何も言わないで勝手にいなくなるのか。」と私は疑問に思いますし、「これじゃぁ、人間関係をうまく築けないよなぁ。」と納得してしまいます。彼らの遊びっぷりを見ているだけで、彼らの日常生活の縮図を見るようで心が痛みました。他の人の気持ちよりも、まず自分の気持ちを最優先にして衝動的に行動を取ってしまい、結果的に友だちを失っていくということの繰り返しです。この悲しい連鎖から抜け出るためには、一緒に遊ぶなり行動するなり生活するなりする人の気持ちを思いやれる子どもになることが必要ですが、彼らにはすごく難しいことのようです。日常生活でも繰り返し教えているのですが、彼らの心には響かないようです。成長と共に少しずつでも学んでくれたら良いのにと願う日々です。時間による解決を期待するのはどんなものかとはなはだ疑問には感じますが、今の私にはそうするしかない状況です。皆さんならどうしますか?

ブログ00162 「反抗」 2020年6月29-30日

 先週の金曜日にA君が学校で大暴れをし、担任の先生にもお友達にも迷惑をかけて帰ってきました。登校の時に思い通りにならなかったことが尾を引き(新しいノートとセロテープをもっていきたかったようですが、突然のことで準備できなかったことが気にくわなかったようです。)、学校での生活に歯止めが利かなくなってわがまま放題に暴れてきてしまったようです。夕方先生から連絡があり、とても酷かったとなげかれてしまいました。日頃からA君の扱いには苦慮していた先生でしたが、どうやら怒りに任せて我を失ったA君は、担任の先生のお腹をハサミで刺したそうで、刑事事件になる恐れのある出来事だったので、報告の必要があったとのことでした。ハサミが先生のお腹に刺さったという話ではなくて軽く当たっただけのようですが、その行為自体が大きな犯罪につながる危険性のあることですので、家庭においても指導する必要があると思いました。

 

 A君は、相変わらず怒りに心が支配されますと我を忘れて狂暴化してしまうのですが、落ち着きを取り戻せば冷静に話ができる子どもです。ただ、冷静になるまでにある程度の時間が必要であり、その時間が経過する前に更に怒りをあおるようなことがあると更に狂暴化してしまいます。そうなると手が付けられません。本人も漫画のワンピースに出てくる超巨大化したチョッパー状態になっており、誰もコントロールできなくなります。ですからA君に関しては、小さな怒りの時に冷静さをいかに取り戻させるかがカギになる話です。私の経験上では、無用な刺激を与えずにじっと優しく見つめて深呼吸を促し、体の動きが止まるまでじっと待つのが一番我を取り戻すのに効果的だと思っています。それを、時間に追われる担任の先生にしなさいというのも無理がありますので、どうしたものかと思案しています。ただ、学校で興奮状態になるのをある程度予防するためには、やはり登校直前の彼の気持ちを安定させておくことが大事だと言うことはこの頃分かってきました。先週の金曜日も、結局朝の不満が学校で爆発した訳ですから、学校で問題の少ない一日を過ごすためには、まずは登校直前の彼の心の状態を安定させてから送りだすように工夫しようと思っていました。

 

 そこで、月曜日は雨も降っていましたし、先生にも謝りたかったのでA君とB君を車で送り、玄関で子どもたちを出迎えている担任の先生に金曜日のお詫びをしました。A君も私がいたこともあり素直に謝りましたし、私が一緒に登校したことで機嫌よく教室に入って行きました。先生には、学校でA君が手に負えない状況になった時に連絡くださればすぐに駆け付けますので、遠慮なくお電話くださるようにお伝えしました。先生も安心してくださったようです。帰宅後、いつ電話が来るやもしれないと思いましたが、結局何の連絡もなく、A君は落ち着いた一日を過ごしたようです。「始めよければ終わりよし」なのかも知れないと思い、火曜日の今朝も学校に行く前に一杯A君と話をしたり、約束をしたり、学校でいい子で過ごすと家でもいいことがあることを強調して学校で頑張るように励ましました。今朝も機嫌よく学校に出かけていきましたが、今日も良い子で過ごしてきたそうなので、「やればできるじゃない。」と言って一杯褒めてあげました。そして、一杯一緒に遊びました。正直疲れました。でも、頑張れば良い子ができるという成功体験の積み重ねが彼の人生を良いように変えてくれるのではないかとの期待も持てました。今日は、それで十分な成果をえれましたので満足です。

ブログ00163 「気持ちの切り替え」 2020年7月1-2日

 先週、担任の先生に酷く反抗的な態度を取って叱られたA君ですが、火曜日に引き続き水曜日もいい子で過ごせたようで、先生が「今日いい子でした。(けんかしていません) 先生のいうことをきいていました。」と書かれた5p四方の付箋を持って帰ってきました。A君としては頑張った証を示そうと思ってのことでしょうが、自慢げに差し出す姿に「相当努力したんだろうなぁ。」と感じました。その頑張りが伝わってきましたので、思いっきり褒めてあげ、いつもより多めのおやつをあげて努力をねぎらいました。誰でもそうですが、褒められて悪い気のする人はいませんので、彼も例外なく非常に嬉しそうでした。「こういった小さな成功体験の積み重ねを大切にしていくことが成長に繋がるんだろうなぁ。」と思っています。でも長く続かないのも承知していますので、繰り返し励まして行く必要も感じています。

 

 火曜日、水曜日と凄くいい子を頑張ったようですので、そろそろ頑張りにも疲れが出てきて木曜日あたりはあぶないと思いましたので、A君の頑張りを後押しするご褒美を準備しようと考えました。そこでA君に「木曜日と金曜日もいい子で頑張れれば、土曜日には美味しいものを食べに行こう。だから、もうちょっと頑張ってみようか。」と話しました。水曜日の夜にはやる気満々でしたが、木曜日の朝に呼んでも中々起きられず(頑張り過ぎて疲れたのかも知れません)、不機嫌そうに学校に行く準備をしていました。「これは危ない。きっと何かやらかしてくるなぁ。」と感じましたので、雨模様でもありましたから車で学校まで送り、もう一度「先生の言うことを聞いて、友達に優しくするんだよ。」と念を押して教室に送り出しました。

 

 どうなったものやらと思いながら日中を過ごし、夕方デイサービスから帰宅したA君の顔を見て、「やっちゃったな。」と思いました。送迎してくれたデイサービスの先生も「学校で悪いことをして先生に叱られたようですが(何をしたかは本人がお父さんに直接話すというので聞いていないそうです)、デイサービスでは凄く頑張っていい子でしたので、褒めてあげてください。」と執り成してくれました。今までならば学校で失敗すると諦めてしまい、デイサービスでも歯止めがかからずに問題を起こしてしまっていましたが、今日は気持ちを取り直して学校での失敗を取り戻すかのようにいい子を頑張れたようです。その頑張りに先生も執り成してあげたいと思ってくれたのでしょう。私としましては、学校でダメだと諦めていい子で過ごすことを投げ出していた子が、気持ちを切り替えてデイサービスで頑張れたことを成長と思いました。成長は、決して一足飛びになされるものではありません。段階的になされるものですから、今回のA君は確かな成長だと思いましたので、「学校で先生に反抗したことは悪かったけど、デイサービスで気持ちを切り替えて諦めずに頑張れたことは本当に良かったよ。」と評価しました。そして「明日頑張れば土曜日から学校はお休みだから、気を取り直して頑張ってみようか。そして、土曜日には美味しい物をみんなで食べに行こう。」と励ますと「分かりました。頑張ります。」と元気に応えてくれました。まだ分かりませんが、今のところ明日は大丈夫そうです。

 

 

ブログ00164 「努力の報い」 2020年7月3-4日

 A君のその後の経過についての話が続きます。木曜日には少し先生に反抗的な態度を取って注意されたようですが、気持ちを切り替えてデイサービスでは非常にいい子で過ごせました。今まで、すぐに諦めて投げ出してしまう子でしたが、今回は途中で投げ出さずにデイサービスでは頑張れたことは評価できることでした。そして、金曜日も頑張れたようで、担任の先生からはいつもの黄色の付箋に「今日もとても良い子で頑張っていました。」と書かれ、花丸までつけられていました。本人も頑張りを誇示するように里母に渡して万歳していたようです。何とか今週を乗り越えることができて安堵いたしました。こういった日々の積み重ねがいつかは良い思い出になるのでしょうね。

 

 さて、お約束のご褒美ですが、本人の希望で「夕張メロンソフト」が食べたいと言うことなので、土曜日の午後から公園に遊びに行き、思いっきり遊んだ後にセイコーマートに行ってみんなで美味しくいただきました。やはり努力の成果としてのご褒美は一味違うようで、A君も「美味しい、美味しい。」と言いながら食べていました。幼い時から冷たい物は苦手だったはずですが、それも成長と共に克服して美味しいと思えるようにまでなったんだなぁと感慨深く思いました。毎日の忙しさの中で時が止まっているかのように感じられ時もありますが、「着実に時間は動いているんだなぁ。」と感じました。

 

 ご褒美ついでに外食にも行くことにし、ビクトリアステーションにみんなで食事にも行きました。児童養護施設と違って予定を柔軟に変更できるところがファミリーホームの良いところであり、子どもたちの状況によって臨機応変に予定を変更して行動を取ります。その意外性も人生には刺激になりますから、子どもの育ちにおいては必要なことのように思います。ビクトリアステーションのいいところは、小学生はキッズメニューにカレー、スープ、野菜、デザート、ドリンクのすべてがセットになっており非常にお得です。我が家ではすでに4人が中学生になっていますので、2人しかこの恩恵にはあずかれません。そのため他の中学生たちからは羨望の眼差しで見られていますが、本人たちは気にせず思いっきり特典を堪能していました。ただ、ランチメニューがなくなったそうで、中学生以上の私たち6人にとっては割高になったために今後はあまり来れないと思いました。それでも、みんなにとっては楽しい一日となったようです。

ブログ00165 「ルール」 2020年7月5-6日

 現在札幌市里親会は、NPO法人設立に向けての定款つくりに取り掛かっています。NPO法人設立の支援をしてくださる市民活動促進センターの方に相談に乗ってもらいながら、法人設立準備委員会の皆様方と札幌市里親会に相応しい定款を目指して作業しています。といいましても、NPO法の趣旨にのっとった定款ですので、示されているひな形から大きく外れることはできませんが、注意深く独自性を失わないように配慮しながらの作成となっています。すでに全国でNPO法人化している里親会の定款を参考にさせてもらっていますが、法人設立目的において里子支援に力点がおかれた活動内容になっています。しかし私は、里親会の第一義的な目的は里親支援であり、何よりも里親のための支援組織てあることが大切であり、里親を支援することによって里子の育ちを応援するものであることが望ましいと思っています。里子のことは児童相談所が一番に考えてくれますので、そちらの方は児童相談所にお任せし、私たち里親会は里親支援に全力を注ぐ活動を考える組織でありたいと思っています。

 

 NPO法人設立のための定款つくりは主に私が担当していますが、規則というものはその団体をその団体ならしめている大切な約束事であり、その約束事無くしては団体の存在が失われてしまう程の生命線ともいえる重要なものです。その団体を定義づけるものですから、慎重に作業を進めなければなりませんし、一度成立すればその後の団体の活動を制約するかせになります。また逆に、設立の目的から誤って外れていくことのないように守ってくれるガードレールでもあります。制約と保持という両面を持つ良き定款が制定できるようにと願っています。大きな責任を感じつつ、札幌市里親会の輝く将来を思い描きながら取り組んでいきたいと思っています。

 

 作業を進めながら、「家庭のルールも同じだなぁ。」と思いました。それぞれの家庭にはそれぞれのルールがあり、そのルールがその家庭をその家庭ならしめているものとなっています。家庭のルールを見ればその家庭が分かりますし、その家庭の特徴を明確に表すものになっています。家庭のルールも制限と保持の両面の役割を担っていますが、それによって家族の生活は守られて行きます。家庭にとってルールは大切なものであり、ルールを定められない親は家庭を危うくしていると思います。ルールはその家庭を定義づける重要な約束事だからです。子どもたちの中にはルールを嫌う傾向の子もいますが、その制約も彼らを守るものであり、決して不幸にするためのものではありません。自由というのは責任を伴う恐ろしい権利であり、責任を取れない状態で勝手気ままに行使すべき権利ではありません。発育の途中であり未成熟の児童に無制限の自由を与えることは非常に危険です。自由を奪ってしまってはいけませんが、制約の中で自由を行使することを許してあげることが必要かと思います。それは年齢と共に、心の成長と共に自由の範囲が広がっていくものであり、児童個人によっても違うと思いますがそれでいいと思います。家庭の理念を具体化し、秩序を守り、子どもの育ちを支援するルールが家庭には必要だと私は思いますが、皆さんはどう思いますでしょうか。

ブログ00166 「体調」 2020年7月7-8日

 停滞する梅雨前線の影響で、九州や甲信越は記録的な降水量に見舞われて大きな災害が生じています。被災者の皆様方には心からお見舞い申し上げます。毎年のように前例のない想定外の雨量に襲われているようで、地球温暖化による影響がひたひたと近づいてきているようで不気味な感じがいたします。このような災害はどこで起こってもおかしくない話ですので、これから更に自然災害に怯えながら生活しなければならない時代になって行くのかと思うと、これからの時代を生き抜く子どもたちの将来が案じられてなりません。少しでも美しく災害の少ない良い世界に整えて次の世代へとつなぐのが私たちの務めでしたが、明らかに失敗してしまったことを申し訳なく思っています。今からでもやり直すのに遅いと言うことはありませんので、何かできることはないかと知恵を絞って考え、大きなスケールで考えないで身近なできるところから取り組んでいければと思います。

 

 北海道には梅雨がないと言われていますが、このところの雨には少し精神的にダメージを受けています。以前に燃え尽き症候群を患って以来、どうも低気圧が来ると体調が崩れがちな上に精神的にもうつ的になってしまい、生活に支障をきたしています。病気とはうまく付き合っていかなければなりませんが、中々心の病は繊細でちょっとしたことで状態が左右されてしまいます。このところ里親会の仕事が増えて忙しくなっていますし、昨日から里母が研修で留守にしていますので、1人でファミリーホームを守らなければならない緊張もあってか、特に今回の低気圧にはやられてしまっています。こんな時に、支援してくれる体制が里親会にあったら良いのにと思ってしまいます。心に元気がない時には更に弱気になってしまいます。

 

 私は、「背水の陣」で子育てや養育にあたるべきではないと考えております。誰しも様々な事情を抱えて児童の養育にあたっています。人の助けが必要な場合もあります。それを提供してもらえる体制があるだけで、随分と心にゆとりが生まれます。すべてを自分の裁量でこなさなければならない状態は、私たちをどこまでも絶望に追い込んでいきます。児童虐待が起こる原因の一つは、誰にも相談することができずにひとりで児童養育の悩みを抱え込むことにあります。逃げ道がないのです。里親会が緊急に取り組まなければならない課題も、悩める里親を置き去りにしない、ひとりぼっちにしない、煮詰まらせないために何ができるかを考えることだと思います。困った時にはあそこに相談すれば何とかしてもらえると思えるだけで、少し安心して取り組めるというものです。そして養育者の心のゆとりが最善の養育につながるのです。「背水の陣」は危険すぎます。どんなに不十分であっても、何かをはじめなければと思う今日この頃です。

ブログ00167 「心と体」 2020年7月9-10日

 人の心と体は密接につながっており、お互いに深く影響を与え合っています。心が疲れれば体も疲れますし、体の具合が悪いと心の具合も悪くなります。決して分離することのできない強い関係があります。何度も燃え尽き症候群を患った経験のある私には、そのことが嫌という程理解することができます。ですから私たちは、心の問題と体の問題を分離して考えてはなりませんし、悩みはあるけど健康だからとか、体調は悪いけど心の平静は保たれているからと高をくくってはならないのです。徐々に心の問題は体をむしばんでいきますし、体の不調を我慢していると気持ちが落ち込んでうつになってしまいます。決して小さな事とは考えないでいただきたいというのが、精神疾患を患ったことのある私からのおすすめです。

 

  さて、一週間学校で努力していい子で過ごしてきたA君ですが、学校の担任の先生からもお電話をいただき、「本当にいい子で過ごせました。途中で少し切れかかりましたが持ち直してくれて良かったです。」と特別なお褒めの言葉もいただきました。A君は本当に頑張ったんだと思います。そのせいだと思うのですが、金曜日に送迎してくれたデイサービスの先生が「A君は疲れが溜まっているようで、リトミックは見学しました。」と報告してくれました。彼にとってこの一週間は、心の中で湧き上がる怒りや苛立ちを一生懸命にコントロールしようと努力したことで、体が疲れ果ててしまったのだろうと想像します。彼の頑張りが体の疲れとなって表れたのであり、彼の頑張りの証だと思います。そこに彼の成長があります。少しずつ少しずつ心の中で湧き上がる怒りや苛立ちや不満をコントロールができるようになり、他者との関係を良好に保てる児童になって行って欲しいと思います。

 

 2歳で乳児院から我が家にやって来て早6年になりますが、A君も確かに成長しています。やはり子供の成長は長いスパンで見ないといけないなぁと思います。でも順調に進んでばかりではなくて後退することもしばしばであり、喜んでばかりはいられません。先生からお褒めをいただいた金曜日の夜に、早速B君に喧嘩を売って争っていました。「折角一週間頑張りぬいたのに台無しやないか。」と思ってしまいますが、それもまた子どもらしいということでしょうか。達成感のゆるみかも知れません。水前寺清子の歌のように「三歩進んで二歩下がる。」状態ですが、それでもいいと思います。進んでいるなら…。

 

 

ブログ00168 「便秘」 2020年7月11-12日

 E君はこのところ便秘気味で苦しんでいます。元々便秘症でありトイレの長い子でしたが、特にこの一週間はお通じが悪いようでトイレで過ごす時間が長くなっています。日頃から水分をたくさん取ることと野菜を食べるようにと指導していますが、中々習慣づきません。土曜日にはデイサービスで公園に行く予定でしたが、ついにお腹が苦しくなって遊びに行かず休んでいたそうです。心配した先生が夕方に電話をかけてきて「どうしましょうか。」と聞いてきたのですが、「夕方では小児科も締まっていますし、ホームに帰って来ても寝る以外にすることがないので、あと1時間ですからそのまま休ませておいてください。」とお願いしました。児童の体調を心配しての連絡ではありましたが、帰宅まであと1時間というタイミングでの連絡には戸惑いを感じます。もっと早く連絡くだされば対応の術もあったのですが、時すでに遅しです。何でもそうですが、早めに対応しなければ対処の機会を失ってしまいます。迷っている暇はありません。様子を見ている間に事態は深刻化していきますので、勇み足を恐れないことが児童への対応には必要なように思います。

 

 兎に角、これは何とかしなければならないと思い、便秘薬を買うために薬局に行きました。薬の棚で物色しましたがよく分からず、薬剤師さんを呼んで相談しました。薬の数は結構あったのですが、15歳以上にならないと飲めない薬が多く、児童が使用できる便秘薬が少ないことを初めて知りました。即効性のものなら浣腸が一番良いことは知っており、今までも何度か使用しましたが、「私が中学生に浣腸するのもなぁ。」とためらいも感じますし、「自分で浣腸するのも彼は嫌がるだろうなぁ。」と思いましたので購入を迷いました。でも、どうしても苦しいようだったらしない訳には行かないので、薬液を注入しやすいジャバラタイプの浣腸1箱と拒否された場合の飲み薬1箱を購入して帰宅しました。私が帰った頃にはE君も帰宅しており、トイレで格闘していました。トイレのドア越しに「便秘で苦しいんでしょう。浣腸すると楽になるけど使うかい。」と尋ねると「いいえ、大丈夫です。」というので、それ以上は勧めないでトイレから出てくるのを待ちました。長い格闘の末、トイレから出てきた彼に状態を聞くと「それなりに出ました。」というので一安心し、念のために食後に便秘薬を飲ませました。効果の程は、日曜日以降に表れてくるのではないかと思っています。

 

 子どもの健康管理も里親の大切な務めであり、常に子どもの健康状態には気を配っています。自分から症状を伝えてくれる子は良いのですが(小さなことでもしつこく訴えてくるのも困りものですが)、E君のように自ら具合が悪くても言ってくれない児童に関しては対応が遅れることがあります。日頃から「具合が悪かったら言ってね。」と伝えてあるのですが、こちらから尋ねないと答えてくれないので気付けないことがあります。今回のようにです。できる限りそうならないように小まめに尋ねるようにはしているのですが、今回は油断していました。反省です。私は子どもたちが具合が悪いと訴えてきた場合や具合が悪そうだと感じた時には、躊躇せず病院に連れて行くようにしています。私は医者ではありませんから、その症状が軽度なものなのか深刻なものなのかの判断ができません。素人判断は危険だと思っていますので、勇み足になろうとも病院で診てもらおうと考えています。あとで後悔したくはありませんので…。命を預かると言うことはそういうことであり、失敗することがゆるされませんので細心の注意を払いたいと考えています。無事に元気でこのホームを巣立たせることが、私たち里親の使命ですから当然のことだとは思っていますが、やはり疲れます。気力体力が必要な働きですので、もっともっと若い方々にこの働きには参加して欲しいものだと願っています。私もそろそろ年貢の納め時かと感じる今日この頃です。

ブログ00169 「ファミリーホームの開設」 2020年7月13-14日

 火曜日にある里親ご夫婦よりファミリーホーム開設の相談を受けました。私には今まで5つのファミリーホームを開設してきた経験がありますので、具体的な開設に至るまでの準備について知りたかったようです。これまでも行政からの説明は受けていたようですが、実際にファミリーホーム事業を手掛けている事業管理者から直接話を聞く機会を得れたことで、自分たちが考えていたのとは随分と実情が違うと感じたようです。やはり行政側と現場とでは事業に対する思いに温度差があるようです。届出制度ですので条件さえ整えられれば開設できる事業なのですが、開設にかかわる事業者の負担は大きいため開設に好意的な意向を示す行政サイドとは裏腹に容易に手掛けれる事業ではありません。開設者が負わなければならない経済的負担が大きすぎるのです。

 

 ファミリーホームの開設には何の補助金も出されません。札幌市の場合を例にあげると、中古物件を手に入れてファミリーホーム事業用に住宅を用途変更をして使用できるように改築するのに3000万円から5000万円(場所によりますが)かかります。たえで行政側が安易に開設に前向きな意向を示してくれても、資金的援助がまったくない中で「ご自分の資金でやってください。」というのはあまりにも酷な話です。厚生労働省は2024年までにファミリーホームを1000箇所まで増やすという数値目標を立てていますが、現在でも約350か所に留まっています。それは、参入のための資金的ハードルの高さが原因しているとも言えます。ファミリーホーム事業の開設を目指す人は、自らの児童福祉への志の強さが試されることになります。

 

 相談に来られた里親ご夫妻も、この資金調達の厳しさを何度も訴えておられました。若い夫婦は経済的な信用能力が足りなくて融資はうけられませんし、中年夫婦は住宅ローンを抱えており売却益も見込まれず(ファミリーホーム事業は容積率や建蔽率が減らされるために広い土地と相当の部屋数がもとめられますので、自宅を増改築して事業を行おうとしてもそうできないことが多い)資金調達が難しいし、高齢夫婦は自らの貯えで事業開始に漕ぎつけることができても生きている間に投資した費用を回収できません。どの年代で初めるのも困難な事業です。私は、これからの社会的養護の担い手は里親・ファミリーホーム事業者であると思っていますから、この現実を憂慮しています。参入しやすい制度改革がなされるか、志の高い里親さんが現れるかのどちらかしか解決策はありません。恐らく前者は望めないでしょう。自発的に行う(ボランティア)里親と同じ範疇に位置付けられているファミリーホームも自発的に行う(ボランティア)事業と考えられていますので、里親同様に支援を受けずに自力で何とかしなさいということなのでしょう。ファミリーホーム事業が里親の延長と位置付けられている以上は、今後も国からの支援は望めないのです。ファミリーホーム業界はまだまだ受難の時期を過ごさなければならないようです。

ブログ00170 「門限」 2020年7月15-16日

 我が家が門限に厳しい家庭であることは、ブログの中で何度もお話ししてきました。その度に手痛いペナルティを味わっているにもかかわらず、門限を破って同じ失敗を繰り返しています。火曜日にも遊びに行ったFさんが門限を破り、3日間の外出禁止(学校と部活は除外)とテレビ・ゲーム・パソコンの禁止となっていました。すると水曜日に学校から帰ってきたFさんは、「部活動の大会が間近に迫ってきたので時間を延長して練習することになったので帰ってくるのが遅くなります。」といってきました。今までも大会が近いからといって時間を延長して練習したことはないし、もし延長するようなことがあれば必ず部活動の先生から連絡がありますので怪しいと感じました。本人に本当かと尋ねましたが、「本当です。」と言い切りますのでこれ以上尋ねても仕方がないと判断し(この児童は嘘を突き切る子で、どんなに嘘が明白になった状況でも白状をしない子なので)、話を収めて明日部活の先生に電話で問い合わせることにしました。

 

 さて、木曜日の朝に部活の先生に電話で問い合わせたところ、やはりFさんは嘘をついていることが分かりました。部活動の先生は、「普段通りの練習をし、18時30分には校門をでることになっています。練習の延長はありませんし、延長する場合には保護者の方の許可を得ないですることはありません。」とのご返答でした。思った通りの事態でした。外出禁止中でも遊びに行きたかったのでしょう。部活の延長を口実に遊びに行こうと企んだのでしょうが、結局うまく行かず部活の先生からも厳しく説教されたようです。今までもそうでしたが、私たちは子どもたちの言い分を鵜呑みにすることはありませんで、すぐに学校に確認の電話を入れることにしています。それは、自分の都合の良いように意図的に嘘を突つく場合もありますし、理解不足や誤った受け止め方をした不確かな情報の場合もあるからです。どちらにしろ不利益を被るのは本人ですから、彼らのために面倒でも確認作業を怠らないようにしています。私たちがそんな里親であることをFさんも知っているはずなのですが(今までもずっとそうしてきましたから)、何で「今回は確かめないかもしれない。」と思うのか私には理解できません。

 

 私が児童の言葉で疑わしいなと感じた時に躊躇せず学校に問い合わせることにしているのは、その方が事実を把握するのに手っ取り早い方法ですし、簡単に児童に騙されるようなことがあれば、そのことで味を占めて嘘を繰り返すことになるからです。うまく騙せたという成功体験は、もっと大きな嘘を生み出す切っ掛けを作ることになりますので、彼らのために騙されないように気を付けています。彼らは自分の思い通りにしたいがために平気で嘘をつきます。嘘は容易にバレるものですし、たとえ少しの間騙せても何かのひょうしでそれがバレてしまうこともあります。やはり、嘘は嘘であって真実ではありませんから、明るみに出されると耐えきれないのです。そのことを子どもたちには学んで欲しいのですが、まだまだ時間はかかりそうです。