ブログ00181 「外泊」 2020年8月13-16日

 家庭引き取りが間近に迫ってきているFさんが、夏休みを利用して一週間の家庭外泊を行います。これは、家庭引き取りに向けての最終調整段階に行われることであり、お互いに家族として家庭を再構築できるかどうかを確認するための重要な機会となります。一泊や二泊ならば頑張れば誤魔化せますが、一週間となるとかなり努力しなければよい家族を演じることはできません。人間は本質的にはそんなに変わるものではありませんが(よく言えば個性ですが)、誰かと共に生活する上ではその個性を相手のために制限する努力が必要になります。一緒に生活すると言うことは「忍耐と寛容」が必須の条件だからです。以前は、そのことに失敗してしまった家族ですので、お互いに如何に相手を思いやって自分を制限して生活できるかが鍵になります。それができずに、実家に帰れたことに安堵して自我もろだしで自堕落な生活をして家庭引き取りが伸びてしまった児童がなんと多い事か。悲しい現実をたくさん見てきましたので、Fさんには同じ轍を踏んでもらいたくはないと思っています。

 

 しかしながら、家庭引き取りが間近に迫ってきていることの油断がこの頃の生活の端々で見られるようになってきており、生活を引き締めるようにと指導することにしました。Fさんには、今回の一週間の外泊の重要な意味を伝えて家族を支える一員としてできることを積極的に行い、決してダラダラと自堕落な生活をしないようにと話しておきました。Fさんは「ここでできなくても家ではできます。」というので「その自信の根拠はどこにあるの。」と尋ねると「血の繋がっている親子だし、小さい時からずっと一緒に生活してお互いを知っていますから大丈夫です。」と答えました。正直「この子は分かっていないなぁ。」と思いました。血の繋がりや小さなときから一緒に生活してきたことが、うまく家庭生活を営める根拠にはなりません。そんな外面的な要因が家族関係の良し悪しを決めるのでは決してないことをFさんは未だに気づいていないのです。第一、Fさんが大丈夫だとする「血の繋がりや小さい時から一緒に生活してきた事実」があったにもかかわらず、現実には家族から離れてファミリーホームで生活しているのです。血の繋がりに甘えている限りにおいては、決して家族はうまく行きません。そんなものが家族を家族あらしめているのではないからです。

 

 私は今までも何十人という児童を家庭で預かって養育して来ました。約30年も被虐待児童の福祉に携わっていると、いかに血の繋がりが脆弱で当てにならない儚いものであるのかを痛感しています。私の家庭に委託されている児童は、みんな血の繋がりのある実親さんが養育できなくなって来ているのです。その現実が何にもまして明確な答えです。ですから、血の繋がりを頼りに帰ろうとしているFさんには、再び不和をもたらす危うさを感じてしまうのです。Fさんには、家族を家族であらしめるために必要なのは、お互いの思いやりであり、優しさであり、愛であり、何よりも共に良い家族でいようとの固い決意であることを伝えているのですがいつまでたっても分かってもえらえません。ホームには様々なルールがありますが、そのルールも突き詰めれば家族への愛に行きつきます。門限は家族に心配させないため、食器の片づけや掃除当番は家族への思いやり、自分の身の周りのことを自分でするのは親への労り、呼ばれてすぐに来ることは家族を待たせない配慮、友だちとの遊びの予定を事前に伝えるのも家族の予定を変更させない気づかい等など。ルールが大事なのではなく、そのルールがある意味を知ることの方が大事なのですが、子どもたちは中々ルールの意味を理解しないので失敗を繰り返すのです。いつでも大切なのは、行為ではなく思いの方です。Fさんにも2年に亘って、血の繋がりという外面的な理由によってではなく、相手への愛と決意という内面的な事柄が最も大事であることを伝えてきたのですが、中々理解してくれないことに少なからず苛立ちを感じてしまうのです。残された時間は僅かです。再び同じ悲劇を繰り返さないで欲しいと願うばかりです。どうか、血の繋がりに甘えることなく、家族への愛を大切にすることで一週間の家庭外泊がうまく行きますように…。

ブログ00182 「ルスツ旅行」 2020年8月17-19日

 子どもたちと2泊3日の日程でルスツリゾートに遊びに行きました。今年は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で夏休みを自宅で過ごそうかとも思いましたが、子どもたちがキャンプに行きたいとせがむので幾つかのキャンプ場を当たりましたが、どこも閉鎖か休場しているために予約できませんでした。それならばと旅費が高くつきますが、ホテルに泊まった経験がないという児童もいましたので、思い切ってルスツリゾートに出かけることにしました。子どもが行きたがっていた遊園地もありますし、洞爺湖、昭和新山、クマ牧場、定山渓温泉、豊平峡ダムなどの見どころもありますので、それなりに楽しめる旅行になるのではないかと考えて決断しました。

 

 3日間すべて天候に恵まれて思いっきり遊園地で遊び、観光地を見て回って旅行を堪能いたしました。特にルスツリゾートの朝食バイキングが美味しくて、お腹一杯になり過ぎるまで食べてしまい苦しくなる程でした。育ちの悪い私は、バイキングとなると少しでも得をしようと浅ましい考えに支配されてしまい、限りなく食べ過ぎてしまう傾向があります。今回も朝っぱらからお腹が張り裂ける程食べてしまい、一日の出だしとしては最悪の朝を迎えることになりほとほと情けなくなりました。しかも、2日続けてのことですから、子どもたちが同じ失敗から学ばないことを批判する資格などはないと改めて思いました。本当に情けない話です。一方子どもたちは、自分が美味しく食べれる量だけを食べて非常に満足した様子でした。そこにも育ちの違いを感じました。

 

 旅行から帰ってきた19日には、みんな遊び疲れてくたくたになっており、倒れるように眠りにつきました。眠るまで「楽しかった。面白かった。嬉しかった。」と連呼しながら話していました。それほど楽しかったのならまた連れて行ってあげようと思いました。子どもが喜ぶ姿は、何にもまして親を幸せにしてくれる光景です。本当に疲れましたが、これ程喜んでくれるなら苦労した甲斐があったというものです。自分の願望や満足のために子どもに無理をさせることは、決して親に幸福をもたらすことにはなりません。親の幸福は、子どもの幸福の上に成り立つものであることを忘れてはならないと改めて思いました。

ブログ00183 「NPO法人設立総会」 2020年8月20-23日

 2020年8月20日は、札幌市里親会に取りまして非常に大きな一歩を踏み出した記念日となりました。長年児童相談所より里親会の法人化を求められていたにもかかわらず、前理事会が法人化をためらって作業を進めなかったことが直接の原因ですが、私も理事会の役員ではなかったにしろ、里親会の一員として進言して来なかったことに対しては大きな責任を感じていました。確かに、里親会が私的な交流や親睦だけを目的とした団体として活動するならば任意団体でも十分なのかも知れませんが、里親会は公益的な団体として社会に貢献すべき責任があることを思いますと、法人化は避けられない問題であると思います。つまり、内向きから外向きへの組織運営に舵を切った大きな転換点となったということです。これは、組織としての意識改革を意味する重要な決断でした。1972年に札幌市里親会が設立して以来の大きな活動転換期を迎えたのでした。

 

 まだ、NPO法人設立総会で設立が可決されただけで正式にNPO法人としての承認を得た訳ではありませんが(設立承認申請から認証されるまでに2か月程度かかるようです)、いたずらに手をこまねいて待っているだけでは時間の無駄ですので、里親会の将来構想を練る作業を始めました。どのような団体であれ、将来のビジョンを思い描くことは大切なことであり、将来構想を定めることは進むべき方向性を示してくれることになりますし、具体的にどのような活動が必要なのかを明確にしてくれます。目指すべき方向性のない烏合の衆では、公益的な団体としての責任ある活動はできません。そこで、早速8月20日から、札幌市里親会の将来構想についての会長案の作成に取り掛かりました。私は元々せっかちな性分でして、ダラダラモタモタするのが嫌いで短期決戦型ですので、20日から24日の5日間で「NPO札幌市里親会(仮称)将来構想」を簡単にまとめ、「将来構想に関するイメージ図」を作成しました。こういったものはもっとじっくりと時間をかけて作成すべきだと考える人もいますが、時間をかけたからと言って良いものになるとは限りませんし、ただただ時間を浪費するだけだったりことも多いように思います。日頃から問題意識を持っていれば、それを書面に起こすことはさほど難しいことではありませんし、時間もかからないものです。それに何よりも私は持久戦が苦手です。すぐにやる気を失ってしまう気まぐれものですから、やりたいと思った時にやるのが一番効果的な作業に繋がると思っています。これはまったく個人的な理由ですが、自分らしく対応したと言うことです。

 

 ただ、独断・独善につながらないように、作成した将来構想は副会長や事務長などにも確認してもらい、9月3日の児童相談所のヒアリングに備えたいと思います。児童相談所に直接里親会の将来構想を提示し、意見や協力を仰げる機会は本当に貴重ですので、有意義な時間になるようにちゃんと備えて臨みたいと思います。とにかく、NPO法人設立へと進み、内向きから外向きへの意識改革をし、公益的な団体としての活動に踏み出そうとしている里親会の意気込みを認めてもらえるような機会になればと思っています。しかし、たとえどんなに立派な将来構想を思い描いてもそれを実行する人がいなければ絵にかいた餅に過ぎません。やはり大切なのはひとです。「人は石垣、人は城、人は堀」という武田信玄の言葉の通り、これからの法人活動を左右するのは人であることを思います時に、人材育成と確保が最大の課題なることは間違いないと思っています。願わくば、被虐待児童の支援に熱い志のある方々と出会えるようにと心より願っています。

ブログ00184 「交渉」 2020年8月24-26日

 誰しも思い通りに物事が進まないことに苛立ちや不満や怒りを感じるのは当たり前のことですが、それを如何にうまく処理して平静を保ち周りに迷惑をかけないようにできるかは、その人の人間力の力量を表す指標となります。それは大人に限らず子どもにも言えることで、苛立ちや不満や怒りを自分の中でどのように解決していけるのかは、その子の成長を測る上で重要な要素になると思います。大人にとっても心を治めることは難しいことですから、未成熟な子どもにとっては更に難しい事ではありますが、心を治めることができなければ社会の一員として生きていくことは難しくなって行きます。苛立ちや不満や怒りを治めることはできないまでも、周りに迷惑を掛けない程度に制限できることが人間関係を保つためには必要なことになって来ます。

 

 この問題で大きな課題を抱えているのがE君です。彼は中学生ですが、苛立ちや不満や怒りを物にあたって解決するという幼い児童が行う方法で解決を得ようとします。これに関しては、ホームに来た時から比べれば随分と頻度が減ってきており、彼なりの成長ぶりは伺えますが、たまに爆発して部屋でドンドンバンバンと何かを叩くか投げるか壊すかしている音が聞こえます。先日は、あまりにも音が大きかったのでこのままにしておくことができないと思い部屋に行って話を始めました。すでに感情が溢れて泣いており、鼻水と涙が床に落ちていました。このままでは冷静な話ができないと判断し、「何が君をそんなに苛立たせ怒らせたのかを教えて欲しいので、落ち着いたらちゃんと話を聞くから、落ち着いたら教えて。」と伝え、彼の部屋で約30分、彼が話しかけて来るまで待ちました。せっかちな私にとっては長い長い30分でしたが、ここで急かしてはならないと自らを戒めて我慢いたしました。彼が「落ち着きました。」と言うものですから、耐え難い苦痛からやっと解放された私は、静かに「さて、君は何が原因でそんなに怒ったの。お父さんは君を責めている訳ではありません。君が苛立っている理由を知って、君の願いに少しでも答えられないかを一緒に考えたいと思って聞いているんだよ。理由が分からなければ対処のしようもないからね。」と尋ねました。しばらくの沈黙の後、彼は「21時からパソコンをしようと楽しみにしていたのに、Fさんに先にされて我慢できなくなってしまいました。」と理由を話してくれました。私的には少し前から「苛立っているなぁ。」とは感じていましたので、小さな苛立ちが積み重なって爆発したのだろうと思いました。人生というもは運悪く嫌なことが重なることが多く、詳しくはお話ししませんが彼にとってもそんな一日でした。そして極めつけがパソコン問題でした。それが引き金になってしまい、彼は我を失ってしまったんだと思います。状況は理解できますが、それでも程度というものがありますので、今回のは見過ごせないと思いました。

 

 E君には、「誰だって思い通りに物事が進まなくて苛立ちや不満や怒りを感じることはあります。でもそれを物にあたって解決する方法は幼稚なやり方であり、中学生である君には相応しい対応ではありません。怒りを行為として表せば、周りの人を傷つけるだけではなく、自分も傷つくことになることを理解して欲しいと思います。怒りを爆発させて人を殴れば自分の手も痛みます。不満をぶちまけて悪口を言うとその言葉が心に残って嫌な思いに悩まされます。物にあたって大きな音を出すことは相手に恐怖を与える行為で人を怯えさせるだけでなく、気付かないうちに自分の心も傷つけています。怒りを行為に表すことは周りの人を傷つけるだけでなく、自分をも深く傷つける行為であることを忘れてはいけないよ。君自身も深く傷ついたからそんなに泣いているでしょう。もうそのような怒りの解決の仕方はやめるようにしよう。これからは、自分の望まない環境を少しでも受け入れられる寛容へと変える交渉力を身に着けて解決できるようにしていこう。今回のようにパソコンをしたいと思っていたのに他の子に先を越されてできなかった場合には、いつもは使用時間が22時までと決められているけど、どうしてもしたかったのなら『今晩、パソコンをしようと楽しみにしていました。ですから、明日の朝は時間通りにちゃんと起床しますので、特別に22時から23時まで1時間だけさせてもらってもいいですか。』と交渉すればいいんだよ。今までだって、映画を途中でやめないで最後まで観たい子はそのように交渉して観てきましたよ。使用時間が22時までというのは原則であって絶対ではないから、交渉次第では変更できるんだよ。そうやって怒りや不満を和らげて解決できるようになっていこう。その他にも、21時からのパソコン使用はFさんと予定がぶつかることがるので、予め2人で相談しておくとか、空いている時間に予備的に使用しておくとか、パソコンが使用できなかった場合の代用(別の予定)を考えておくとか工夫をしておくことも大切ですよ。予定の変化に弱い自分を理解して対策を打っておくことも平静を保つためには大切な予防策だと思うよ。」と長々とE君には話をしました。静かにじっと聞いていた彼は、「分かりました。そうしてみます。」と答え、その日は22時から23時までパソコンをしたいというのでさせてあげました。翌日もちゃんと朝食の時間に遅れずに起きてきましたので、まぁ一安心というところです。これからも同じようなことの繰り返しの中で、E君が少しずつ自分の感情をコントロールできるように成長していってくれることを願っています。

ブログ00185 「競技大会」 2020年8月27-30日

 今年の中学校の競技大会は、いつもとは異なり遠く離れた厚別競技場で行われることになりました。しかも、札幌の8月下旬としては珍しい34度の炎天下での競技で、熱中症になるのではないかと児童の健康状態が心配される環境下でもありましたが実施されました。私としましては、何もそんなに遠いところで(家族がすぐに対応できない距離)、しかもこんな炎天下(熱中症になる可能性大)で行うことに反対でしたが、学校は一度決めたことを多少無理をしてでも実施しようとするところがあり、今回も強行したように感じました。日頃から児童の命を預かる里親業をしていますと臆病になり過ぎるのかも知れませんが、ちょっとした油断や甘い判断で子どもは命を失ってしまいますので、慎重の上に慎重を重ねて安全を確認したのちに行う方が良いと考えます。命を預かるというのは本当に重いことだからです。

 

 我が家から遠く離れている厚別競技場まで高速道路で送り、急いでトンボ帰りして仕事をこなし、再び厚別競技場まで迎えに行くという忙しい一日となりました。我が家には3人の特別支援級の中学生と1人の普通学級の中学生がいますが、その送迎を父兄に頼るのもどうかと思います。特別支援級の児童に自力で厚別競技場まで行くことはできませんから、結局親の出番となります。それでなくても様々手がかかる児童なのですから、貸し切りバスを学校で手配して送迎して欲しいものだと思いました。いつも障がい児童への配慮は後回しにされてしまいます。本来であるならば彼らのことを何よりも優先して考えるのが優しさであり、思いやりのある対応だと思うのですが、世の中はいつでも少数派が無視され、多数派に合わせることを求めるのです。改めて世の中の冷たさを実感しました。

 

 さて、競技大会の方は何とか無事に終わり、みんな元気に帰宅ました。結局は、私の取り越し苦労でしたが、往々にして心配は無駄になることが多いものです。でも、愛するが故の心配なのであり、どれだけ無駄になる心配を掛けれるかが愛の証でもあると思います。ですから、私はこれからも彼らのことを一杯心配しますし、生活ぶりに不安を感じますし、先行きに恐れも抱きます。そして、それは多くの場合無駄になる老婆心になりますが、それでいいと思います。現代は効率を優先するあまり無駄を嫌いますが、人間関係においてはこの無駄の方が重要なのだと私は思っています。

ブログ00186 「時代の流れ」 2020年8月31-9月3日

 8月20日に札幌市里親会は、NPO法人設立総会を開き、正式にNPO法人として活動を開始する決意を表明いたしました。これは、親睦・交流を主事業とする史的団体から里親支援を担う公益的な団体として活動することを明確に決断した行為であり、札幌市里親会にとって歴史的な転換点となりました。これからは、里親にとって最も身近な支援団体として様々な里親支援を提供できる組織へと成長していきたいと考えておりました。そういった意気込みで、9月3日の児童相談所とのヒアリングに臨みました。このヒアリングは年に1度、児童福祉に携わる団体に対して行われるもので、その団体が将来に対してどんなビジョンを持っているのかを知り、今後の札幌市においける児童福祉行政をどのようにするのかの参考にするための重要な会議となります。札幌市里親会も何日もかけて(ブログを書く時間も惜しんで作成に取り組んでいました)将来構想を練り、自信を持って里親会ならでは里親支援策を提案をいたしました。

 

 しかし、残念ながら児童相談所職員の反応はいまいちでした。実は、昨年のヒアリングで前里親会執行部は、「法人化する気もなければ、新しく里親支援事業をする気もない。」と明言したらしく、児童相談所の職員は昨年とのあまりの変容に驚くと共に、その発言に基づいて2022年度までの予算組も終えており今更どうにもできないとの呆れた反応でした。そして一言「4年前にこの将来構想を提案してくれていたら…。」とつぶやかれました。4年前には里親支援のフォスタリング機関(里親養育包括支援機関)として里親会に担ってもらおうとの考えもあったそうですが、その当時の里親会にはまったくやる気がなく、結局他の民間団体に委託せざる負えなくなったようです。そして、他の民間団体が実績を積んで信頼されてしまった後では、組織力も実績もない不安定なボランティア団体である里親会へ業務委託は難しいのでしょう。正直、「里親会支援事業への参入の機会を逸してしまった。」と痛感しました。時代の流れに乗れなかった里親会の惨敗です。

 

 でも、私は諦めません。生来諦めの悪い人間ですので、まだやりつくしていない中で簡単に諦める訳にはいきません。実績がないなら地道に実績を積むだけです。組織力がないなら工夫して組織力を付けるまでのことです。信頼がないなら信頼を得れる活動をするだけです。里親が所属し里親によって運営されている里親会が、誰よりも当事者意識を持って有益で効果的な里親支援を提供できる唯一の団体です。どんな民間団体よりもフォスタリング機関を担うに相応しい団体です。その確信がありますので、私は諦めません。確かに、時代の流れに乗れずに已む無く後発となったことでより困難な事態となりましたが、必ずや体制を整えてフォスタリング機関への名乗りを上げたいと思っています。その強い思いが、きっと環境を少しずつ変えてくれて道を開いてくれるものと私は信じています。

ブログ00187 「行政主導」 2020年9月4-7日

 札幌市里親会会長に就任して以来、様々な会議に呼び出されて少なからず疲れています。私としましては、札幌市里親会会長という立場がそんなに偉いとは思っていませんでしたが、児童福祉に関する会議となるとそうそうたる有識者たちと同じ席に着かされて発言を求められることが多く、知識のない私は正直困っています。里親としての経験は約30年と長いのですが、その他の児童福祉分野に関しましてはまったくのド素人であり、見識豊かな委員の皆様の話にはとてもついていけません。ほとんどちんぷんかんぷんで、自分がいることが場違いなように感じます。それでも、里親会会長として里親の皆さんを代表しての出席ですので、里親の皆さんに恥をかかせるようなことがあってはならないと緊張して望んでいますので、会議が終わるころにはくたくたになっております。

 

 札幌市子ども子育て会議に出席して里親を支援する機関について話し合われた際にも、緊張のあまり声が上ずり、まとまりのない話を長々としてしまい我ながら恥ずかしい時間を過ごしました。司会の部会長からも「簡潔に話してください。」と注意まで受けてしまいました。どんなにかっこをつけても中身がないのですからすぐに化けの皮が剥がれてしまいます。いっそのこと何も話さないでじっとしていようかとも思いますが、どんなに口下手でも、話をまとめられなくても、思慮が浅くても、里親さんの利益のために精一杯発言するのが私の務めと考えて頑張らねばと考えています。私のために会議に出ている訳ではありませんから、無い知恵を絞って児童福祉の向上のために、特に里親・里子の最善の利益のために努力しなければと思っているところです。でも正直キツイです。里親として委託児童の生活支援に専念できていたころが本当に懐かしいです。まだ、里親会会長に就任して3か月しかたっていませんが…。本当に先が思いやられます。

 

 今、札幌市はフォスタリング機関(里親養育包括支援機関)を設置しようとしています。簡単に言いますと、包括的に里親を支援する機関を作ろうとしているのですが、家庭養育に携わっている里親の意見を十分に聞かないで、行政主導で制度を作ろうとしています。里親のための支援なのに里親抜きで機関を設置しても、里親にとって有益な支援機関になるとはとても思えません。また、里親支援を民間の団体(児童養護施設等)に委託しようと考えていますが、里親経験のない彼らに里親に寄り添った支援ができるとも思えません。行政が考える支援はいつでも的が外れていると思います。当事者抜きで勝手に話し合いを進めないで欲しいと、私は心より願っています。

ブログ00188 「異性」 2020年9月8-11日

 6人の児童の養育委託を受けるファミリーホームにおいては、男女問題にどう対処するかは大きな課題となります。一つ屋根の下で年頃の男女が一緒に生活していますと、何かと惹かれ合って距離感を間違えてしまう児童もいます。それ故に、里親も彼らの言動には常に注意を払うために神経を使います。ホームの中で間違いがあってはなりませんので、家庭環境にも配慮が必要となります。我が家では、年頃の男子児童は1階、女子児童は2階と分けて生活しており、男児は原則2階に上がってはいけないことになっています。また、男女2人だけで密室空間を作ることも禁じていますので、2人だけになっている時には注意するようにしています。更に、1階風呂場に女児が入った場合には、男児には極力部屋から出ないようにとも話しています。そういった制限があるためでしょうが、惹かれ合っている児童は何かと偶然を装って出会えるように不審な動きをしますので、油断も隙もありません。ちょくちょく用事もないのにホーム内をうろうろしなければならず、「何をやっているんだろうか。」と情けなくなることもあります。しかし、それも里親の役割の一つと受け止め、仕事をしたい思いを抑えて、毎日うろうろしています。

 

 先日学校から「中学生のD君が教室で女の子と手をつないで話していたので注意しました。」という連絡を受けました。特別支援級に行っている児童であり、まだまだ幼くて人から「可愛い!」と言われて未だに喜んでいる状態ですので、交際しているとか付き合っているとかというレベルの話ではありませんが、異性との距離感を保つことができずに近づきすぎる傾向があります。それはホームでも気になっていることでしたので、本人には事あるごとに注意するように指導しているのですが、ホームから離れた開放感からか油断して距離感を間違てしまったようです。学校にまでついて行って監視するわけにも行きませんから、彼を信じて送り出すしかできませんが、観ていないところで一体何をしているのやらと不安になることも度々です。本当に気が休まりません。「心は子ども、体は大人」というのが最も厄介です。生活支援をしている者にとっては心配が付きません。

 

 ホームにいる児童たちは、まだまだ考えにおいても行動においても未成熟な状態ですので、今はまだ大人の助けが必要な時期だと思っています。何もしないで見守るのではなく、間違いが起こらないように可能な限り環境を整えてあげることも近くにいる大人の責任だと思います。極力接触の少ない部屋割りや時間割にしたり、トイレや洗面所を1階2階に分けたり、ワゴン車の座席や食卓の座る場所を離したり、2切りの空間を作らないように日頃から教育したり、ホームに2人だけで留守番させないようにしたり、極力大人がホーム内をうろうろして存在をアピールしたり等など、面倒な話ですが色々と工夫しています。これから先の長い彼らの人生を考えると、一時的な気の迷いで間違を犯して自らの人生に大きなダメージを招くようなことがあってはならないと思うからです。それは、児童の自由を制限したり意思に反することであったとしても、譲れないことであると考えています。たとえ万が一であったとしても、決してあってはならないと思うからです。ただ恋愛は、障害があるほど燃えてしまうものでもありますから本当に厄介だなぁと思っています。やれやれです。

ブログ00189 「収穫体験」 2020年9月12-15日

 ファミリーホームに好意的な方が、家庭菜園で育てた野菜を収穫に来ないかと誘ってくださいました。この頃は土に触れる機会もめっきり少なくなりましたし、収穫する喜びを子どもたちに体験させてあげるのも思い出に残る経験になるかと思い、少し離れた場所でしたが6人の児童を連れて望来まで行きました。家庭菜園とは聞いていましたが、想像をはるかに超えた大掛かりな菜園であり、本格的に野菜や果物を育てており、その種類の多さと敷地の広さに驚きました。子どもたちも大喜びで、じゃがいもに始まり、トマト、きゅうり、なす、にんじん、枝豆、ズッキーニ、ほうれん草、梨、リンゴ、スイカと次々と収穫体験をさせてもらい本当に楽しそうでした。私も収穫に参加させていただいている中で、「ここまで育てられるのには随分と苦労されただろうなぁ。」と思いました。収穫するのは本当に楽しい作業ですが、そこに至るまでにはたゆまない努力と苦労、諦めない忍耐と工夫、多大な時間と体力を費やしてのことでしょうから、収穫の喜びという美味しいところだけ体験させてもらって本当に申し訳ないと思いました。

 

 子どもたちには、収穫の喜びだけではなくて収穫に至るまでの苦労も忘れてはいけないことを伝えなければと思い、「決して何もしないで作物ができている訳ではないよ。作物ができるためにはの育てる人の大きな苦労があったことを忘れてはいけないよ。」と話しましたが、その過程を見ていない彼らにとってはちんぷんかんぷんで、何も分かっていないと感じました。ただ、たくさんの収穫物を見て浮かれているだけ、楽しんだだけの体験としてしか捉えられなかったようです。作物を育てた経験がないのですから無理からぬことですが、有益な体験となるためには作物を育てる苦労も知らなければ不十分だと思いましたし、苦労したからこそ更に収穫が楽しい作業になるものですから、「今回の体験はやはり一面的だったなぁ。」と思わされました。子どもたちには、物事を一面的にしか見れないで軽率に判断しないで多面的に深く考えることのできるような大人に育って欲しいので、「やはり作物を育てるところから体験させる必要があるなぁ。」と思いました。

 

 しかし、それには非常に大きな問題があります。私は致命的に農作業が嫌いだということです。おばあちゃんが農家をやっており、小さな時から農作業を手伝っていたので(小さな時の私は無理やり手伝わされているという感覚でした。)、農作業に少なからず苦手意識や拒絶意識を抱いてしまうのです。これは私にとってはなかなか越えがたいハードルですが、少しずつでも作物を育てる大変さも知ってもらえる体験をさせてあげれたらと思います。その経験は、更に収穫の喜びを増すことに気付かせてくれますし、日頃食べている食材に対しても偏食や無駄を減らせますし、生産者への敬意を抱くことができます。私にとっては難しい課題ですが、考えてみようと思いました。次の日に、いただいた野菜を使って子どもたちと一緒にカレーを作って食べました。とても美味しい思い出に残るカレーとなりました。

ブログ00190 「物にあたる」 9月16-19日

 かつて煮物で大きな火傷を負った経験のあるA君が、台所でふざけていたので外に出るように話しました。台所では中学生の児童が調理をしており、それを見ていたたかったのだと思いますが、幾ら言ってもいうことを聞きません。元々、A君はまだ台所には入ってはいけないことになっていますので(ADHDで危ないので高学年になってもう少し成長して落ち着いてから入ってもいいという約束をしています。)、約束を守るようにいっても一向に動こうとしません。私としましては、台所には危険なものがいっぱいありますし、以前に彼の多動が原因で大きな火傷をした記憶が鮮明に残っており、私としましては彼に同じ痛みを経験して欲しくないという思いが強くて台所から出て行って欲しかったのです。しかし出て行きたくない彼は、頼んでもいないのに台ふきんを洗って居座ろうとするのでいい加減我慢しきれなくなって、「自分から出て行きますか。強制的に出て行ってもらいますか。」と質問すると逆切れして台所のドアを「バン!」と閉めて出て行きました。

 

 音過敏症である私にとっては、大きな音は苦痛を感じさせることであり、子どもたちとの生活の中で最も苦労している問題でもあります。私の精神的な弱さですから仕方ありませんが、そのことを何となく感じ取っているA君は、大きな音を立てて仕返しをしているのでしょう。私には結構辛いことであり、感情を抑えることに一苦労しています。台所から出て行ったA君も苛立ちが収まらず、床をどんどん踏み鳴らしてその怒りを発散しています。その音が鳴る度に心臓がドキドキしますが、そのうちに彼の気持ちも収まりますので、その時まで今は耐える時だと我慢いたしました。いつもそうなのですが、A君が興奮している時には何を話してもまったく彼の心には届きません。落ち着けばちゃんとお話しができる子ですから、それまでの時間を如何に過ごすかが私の課題と言えます。A君も怒りと戦っていますが、私も「静かにさせたい。」という心の葛藤と戦っているのです。

 

 しばらくして落ち着きを取り戻したA君が居間にやってきて「反抗してごめんなさい。」と言ってきました。多少時間はかかっても自分からちゃんと謝れることは成長といえますが、もっともっと成長して怒りをコントロールできるようになれば、社会に受け入れられる生活ができるでしょうから、これからも忍耐強くかかわって行かなければと思いました。A君には「怒りに支配されてお父さんやおかあさんが苦労して建てた家の床を踏み鳴らしたり壁を蹴ったりすることは、お父さんやお母さんにとっては自分自身を踏みつけられたり蹴られたりしているほど辛いんだよ。A君も自分が大切にしている物を踏みつけられたり蹴られたりしたら、自分にされているように感じるでしょう。だから、怒った時にもあまり物に当たらないで、他の方法で心を静めるように工夫してみようか。お父さんも一緒にやるから、静かに数を数えたり、深呼吸したりしてみよう。」と話しました。A君は「やってみる。」と言ってくれ、それ以来二人で怒りを鎮める工夫を試みています。やはり、ひとりで克服しろというのは無理がありましたので、できる限り一緒にするようにして、随分と怒ることが抑制できるようになって来ています。近い将来、これが自分だけでできるようになれば良いのですが…。きっと彼にはできると信じて諦めずにかかわって行こうと思っています。