ブログ00201 「逆切れ」 2020年11月1-4日

 夕方の食卓に着くと、里母の機嫌が悪いように感じたので、子どもの誰かが怒らせるようなことをしたに違いないと察しました。食卓でその話をすると更に雰囲気が悪くなるので、里母が食事を終えて別館に行ったのを機に、静かに「誰かお母さんを怒らせるようなことをしたんか。」と子どもたちに尋ねるとD君が説明しようとしてくれましたが、まったく要領を得ない内容で分かりませんでした。それで、私は別館に行って何があったのかと里母に聞くと、A君とD君に注意をしたら逆切れしてくることに腹を立ててしまったと聞きました。簡単に事の成り行きをお話ししますと、里母が夕食の準備をするために居間に行ったところ、A君とB君とD君がテレビゲームで遊んでいました。里母が食事の準備を手伝って欲しかったのに、子どもたちがゲームに夢中になってしかも汗をかきながらしている姿に不満を感じた里母が「何で手伝ってくれないの。」と聞くと、D君が切れながら強い語気で「手伝ってくれと言わないからですよ。」と口答えし、A君とB君は無視してゲームを続けていたそうです。そのことで里母は機嫌が悪くなったという次第です。

 

 元々、彼らにゲームをすることを許したのは私であり、彼らには「お母さんが食事の準備をしに来たらゲームをやめて手伝いなさいよ。」と言っておいたのですが、彼らは「手伝って欲しい。」と言われなければ手伝わなくてもよいと考えたようです。でも、それは彼らの都合の良い解釈であり、私は「お母さんが来たらゲームを止めるように。」と言っておいたのであり、「手伝って欲しい。」と言われたら止めなさいと言った訳ではありません。しかし、ゲームを続けたかった彼らは、自分たちに有利になるように解釈しようとしたのです。また、A君B君にあっては無関係であるかのようにゲームを続けていましたので、そんな彼らの姿に里母は残念に思ったのでした。私は、家族のために忙しく働いている人が目の前にいて、平気でゲームを楽しめる神経が理解できません。里父や里母は、彼らのお世話係ではありません。一緒に助け合いながら生活する家族であり、子どもだからと言ってすべてをやってもらって当たり前のような態度は許されるものではありません。それでは、主人と召使の関係ではありませんか。私は子どもたちがお世話してもらえるのが当たり前であるかのような態度が感じられる時には、「言っときますが、お父さんやお母さんは君たちの『爺や』や『婆や』ではありませんからね。」と念を押すようにしています。

 

 子どもたちは決して天使ではありません。利己的だし、ずる賢いし、意地悪だし、高慢だし、生意気だし、無思慮だし、口は悪いし、臭い汚い下品ときています。あげれば切りがありません。誰が天使だなんて言ったのか。子どもを育てたことのない人の幻想ではないかと思います。私にはとても理解できません。でも、それはまた自分の姿でもあることも理解しています。私も大して変わりません。お互いに欠点だらけで不完全な人間の集まりが家族なのですから、そこで問題が生じない訳はありません。そんな集まりであるからこそ、家族は努めてお互いを意識して思いやる気持ちを大切にしなければならないと思います。相手への気遣いや思いやりを失った時、家族であり続けることは難しくなります。今回のことも、子どもたちには里母が彼らのために一生懸命食事の準備をしているのですから、自ら「僕たちにも何か手伝えることはありませんか。」と気遣って欲しかったと思います。子どもの彼らには、非常に難しい事であることは理解しています。しかし、将来彼らが家族を持つ時に、相手を意識し、気遣い、思いやれる心がなければ家族は崩壊してしまいます。少しでもこの家庭にいる間に学んでくれれば良いのですが…。

ブログ00202 「チャンス」 2020年11月5-8日

 近い将来、ファミリーホームを開設したいという希望を持っている若者が私のところに尋ねて来ました。以前よ、り当法人はファミリーホームを開設したい人を支援して参りましたが、ホームページをご覧になって相談のためにわざわざ本州からやってまいりました。二日間に亘って札幌に滞在され、ファミリーホーム開設への熱い思いをお聞きしたり、実際のファミリーホーム事業を見学してもらったり、これからの開設の準備について具体的な話をしたりしました。この方は、ファミリーホーム開設に熱い志を持っておられますが、単身者であったり、資格要件を満たしていなかったり、開設のための資金も不足しており、中々開設への道のりは厳しいと感じました。元々、里親のための制度として導入されたものですから、里親以外の方々の参入には厳しいものがあるように思います。資格要件の取得もさることながら、地方自治体によっては夫婦でなければ参入できなかったり、事業を行う住宅も一般住宅ではできなかったりという厳しい条件が付けられたりしています。そのために、中々開設へのハードルは高いと感じます。その厳しさのゆえに安易に参入することを防ぐという意味においては有益ですが、ファミリーホームを開設したい人々にとってはいくつもの障害を乗り越える苦労は避けられないことになります。そのために、開設を断念される方々も多くいます。そんな中、何とか開設に漕ぎ付けたいという若者との出会いは、応援せずにはいられない思いを抱きました。

 

 この若者は、3年前よりファミリーホーム事業者としての資格を取得しようとして、ある社会福祉法人の自立援助ホームで職員として勤務してきましたが、残念ながら自立援助ホームでの勤務経験はファミリーホーム開設のための資格要件に該当せず、折角頑張って勤務してきたにもかかわらず資格取得には至りませんでした。事前の調査が不十分だったとは言え、国の提示する資格要件が「児童福祉事業に3年以上従事した者」という曖昧な表現を使っていることに原因があるように思います。ここでいう児童福祉事業とは、具体的には児童養護施設、乳児院、自立援助施設を指しており、自立援助ホームは対象外にされています。やはり、人生をかけた決断とその準備をする場合には、事前の入念な情報把握が非常に重要であると思いました。しかしながら、そのような現実を前にしても腐ることなく開設への思いを失わず、時間をかけてでも準備を進めて行くとの強い決意を抱いているこに感服いたしました。これからの児童福祉業界を背負っていく次世代の中に、このような不屈の精神を持つ若者がいることに大いに励ましを得ました。私にとっては、まだまだ日本の若者も捨てたものではないと感じる幸いな機会となりました。

 

 さて、この若者に対して私が提案した具体的な準備ですが、まずは資格要件を満たすために3年間の児童養護施設での勤務経験を積むこと。そのために、法人では今までも近くの児童養護施設にお願いして職員として雇ってもらって資格要件を満たしてもらっていましたので、その気があるなら児童養護施設の園長先生にお願いして雇用してくれるようにお願いします。そして、法人で住宅を準備するのでそこに住んで里親登録を行います。3年後の資格取得の暁には、法人でファミリーホーム事業用の住宅を準備してファミリーホーム事業開設の支援をするというのはどうかと提案しました。本人もそうしたいとの希望を確認し、児童養護施設の園長先生に急遽面接をお願いし、いつからでも雇用してくださるとの約束をいただきました。あまりの素早い展開に若者も驚いていましたが、物事というものは一気に動くことがあり、その波に乗れるかどうかが重要なことであると私は思っています。慎重であることを否定するつもりはありませんが、ぐずぐず迷っていて好機を逃す人々はたくさんいます。そんな人は何もなしえないものです。環境が備わったなら、いたずらに時間を浪費せずにその流れに乗る勇気と決断と行動が必要だと思います。私もそうやって5つのファミリーホームを開設してきました。「石橋をたたきすぎて壊してはいけない。勇気をもって踏み出すことが重要だ。」というのが私の考えです。果たして、この青年がどのような判断をくだすのかは彼次第です。札幌から帰宅する若者を見送りつつ、後悔のない人生を歩まれることを心より願いました。

ブログ00203 「火災報知器」 2020年11月9-12日

 私が会議のためにホームを留守にしている最中に火災報知器が誤作動し、けたたましく警告音が鳴り響きました。対応に苦慮した里母は、私の携帯に連絡をしてきました。いつもならば、携帯をサイレントモードにして鞄の中にしまうのですが、何か胸騒ぎがしたために鞄の中にではなくテーブルの上に置きました。正直言って非常識な行為でしたが、そうしてしまいました。会議が始まってしばらくすると携帯画面が光って里母からの着信を知らせてきましたが、会議中でもありましたので1度は着信を切りました。しかし、再びかかって来ましたので「これはただ事ではないな。」と思い、会議を抜け出して電話にでました。すると、火災報知器の警告音を停止できないとの話で、その場でホーム全体に異常がないかを確認するように頼み、私は議長に簡潔に事情を話して会議を中座してホームに帰宅することにいたしました。いつもはしない行動によって異常を知って速やかに初期対応に臨めたことを思うと、何となくの胸騒ぎも軽く受け止めてはならないと感じました。クリスチャンである私は、すべてを偶然とは思いませんので、これも神様の導きと感謝いたしました。

 

 急ぎながらも交通事故には注意しながら帰宅しますと、火災報知器の警告音が騒がしく鳴り響いていました。こんな音の中で私を待っていた里母はどれほど不安でいたたまれない思いであったかと考えると可哀想になりました。とにかく音だけでも消さなければと思い、火災報知設備の警告音停止ボタンを押しても、またすぐに鳴りはじめてしまい、何度復旧ボタンを押しても復旧することができませんでした。その他にも火災報知器のブレイカーを落としたりもしましたが事態は改善しませんでした。素人の手には負えないと判断し、すぐに火災報知設備を設置してくれた興亜防災さんに電話して対応を相談しました。担当の今野さんがニセコで仕事をしているため終わり次第駆け付けてくださると言うことで、それまでの対応措置を教えてくれました。電話越しではありましたが、指示通りに作業して音だけは止めることができました。ただ、ホームに着くのに4-5時間かかるのでそれまで火災が発生しないようにホームから離れないようにと指示を受けました。とにかく、警告音が収まっただけでもホッとしました。やはり、あらゆる場面で専門家の手助けは必要であり、あれこれ自分で何とかしようとしないで素直に助けを求める勇気は大切なことだと思いました。

 

 午後3時過ぎに興亜防災の今野さんが息を切らせて駆け付けてくださり、早速原因究明に奔走してくれました。結局、たくさんある感知器の中で、1階洗面所の煙感知器が誤動作していることが原因であることが分かり、新しい機器と取り換えることになりました。手際よく作業してくださり、短時間で作業は終了いたしました。たった1か所の煙感知器の故障でこれほどの騒ぎとなりましたが、やはり安全を確保すると言うことは緻密で繊細な機器による監視が必要となるので仕方ありません。命がかかっていることですので、たとえ小さなことで誤動作しても反応が鈍いよりかは敏感に感知してくれる方が良いと思いますから、私個人としては許容範囲の問題と受け止めました。一時はどうなることやらと案じておりましたが、火災報知装置も正常に戻り、また安心て生活を営むことができるようになりましたので安心しました。今回のことでも、色々な人々に支えられて生活をしていることの感謝を忘れてはならないとを改めて思いました。本当に感謝、感謝です。

ブログ00204 「家庭引き取り」 2020年11月13-16日

 2年数か月に亘ってホームで生活をしていたFさんが、準備を重ねてやっと家庭引き取りとなりました。問題を抱えてホームにやってきた児童ですが、この2年間でそれなりに成長して実親さん宅に帰ることができました。身体的であれ、精神的であれ、性的であれ、ネグレクトであれ、家庭において子どもの人格を傷つける虐待というものがあってはなりませんが、児童の側にも虐待を誘発するような何らかの原因があることも否むことができません。だからと言って虐待が肯定されてはいけませんが、家庭を再構築するにあたっては、児童の側にも矯正すべき点があることを見失ってはならないとも思うのです。児童がその問題点を自覚し、ファミリーホームという模擬家庭において学習し、矯正され、成長し、再び家庭へと復帰できるように支援するのが私たちの役割です。里親は、決して児童を自分につけて実親さんから子どもを奪うようなことはいたしません。常に実親さんの立場に立ち、どのような児童になればより愛せる児童になれるかを考えて、模擬家庭において児童を一生懸命に教育・指導しようとしているのです。あくまでも、本来あるべき家庭の再構築を目指してのことです。

 

 今回、曲がりなりにもその役割を終えて、ひとりの児童が家庭に復帰していく姿を見れたことは大きな喜びです。それは家庭復帰できることに喜ぶ児童を見れるのが単純に嬉からであり、一仕事終えた安堵感でもあり、これから始まる児童の新生活への期待でもあります。やっと本来あるべき家庭に帰って行くことができることは喜ばしいことです。しかしながら、同時にホームでの生活を家庭でもちゃんとやっていけれるだとうかとの一抹の不安も感じてしまいます。確かに、Fさんはこの2年数か月で成長しました。でもその成長は本質の成長ではなく、要領がよくなったという成長であることを私は知っているからです。いつ本質があらわになるかを少なからず恐れてしまいます。メッキはいつかは剥がれるものだからです。これは、私のただの老婆心なのかも知れませんが、つい心配になってしまいます。これまで実親も児童も共に苦しんできました。きっと今度はうまくやってくれるくれるだとうと思い直し、手を振ってお見送りしました。ただただ今度こそは幸せな家庭を作るための努力を大切にして欲しいと願うばかりです。

 

 家庭の幸福は決して自然に訪れる訳ではありません。家族それぞれの努力によって家族みんなで作り上げていく共同作業です。自分は関係ないと思う人が1人でもいると家庭の幸福は成り立ちません。命の繋がりのある生命共同体ですから当然のことなのですが、多くの人はそれを理解していません。家族だからと過度に甘えて身勝手になり、自分の幸福ばかりを求めて家族をないがしろにしてしまう人が家庭を壊していくのです。あたかも自分を幸福にするために家族がいるかのように勘違いしている人がいるのです。そんな人は決して幸せな家庭を築くことはできません。温かく幸せな家庭とは、お互いに幸せにしようとする思いの中で築かれて行くものであることを私たちは決して忘れてはならないと思うのです。O・ヘンリーの「賢者の贈り物」という物語から学んで欲しいと思います。もし、あなたの家庭が不幸ならそれはあなたに原因があるのではないかを考えた方が良いと思います。そこから、家庭の幸福は始まるのではないかと私は思います。かく言う私もそうありたいと願っているのです。

ブログ00205 「情報伝達」 2020年11月17-20日

 中学生の3人は、2日間に亘って小樽方面に宿泊学習に行ってきました。今回は、児童に公共交通機関に乗る練習を兼ねるということで、それぞれに札幌駅南口アピアドームに集合する計画でした。しかし、不安のある児童は学校側の配慮で学校に集合し、引率の先生が連れて行ってくれることになっていました。ホームの中学生は自分たちだけで公共交通機関を利用したことがなかったので、配慮に甘える予定で事前に3人の引率をお願いしておきました。間違いがあってはならないので、前日に中学生は学校に集合して先生と行きますから、いつもより20分早くホームを出るようにと念を押しておきました。

 

 当日の朝、中学1年の2人は学校集合の時間に間に合うようにいつもより20分早くホームを出発しましたが、中学2年生のE君は出発予定の時間を5分過ぎても10分過ぎても出発しません。心配になった私は彼の部屋に行き、「早く行かないと間に合いませんよ。すぐに準備していきなさい。」と注意しましたが、それでも出てきません。もう徒歩では間に合わない時間になり、我慢できなくなった私は彼の部屋のドアを叩き、「送るからすぐに車に乗りなさい。」と言いました。不満気に車に乗った彼に「何で時間通りに出てこないの。集合時間に遅れたら皆に迷惑をかけることになるじゃない。」と言ったら、彼は「僕は学校ではなく、M君と近くのバス停で待ち合わせて行く予定でしたから。」と言うのです。「そんな話は聞いていないし、学校の先生には3人の引率をお願いしていますよ。」と答え、急いで学校に連れて行きました。E君は車中で「学校に集合するなんて1度も聞いていない。」と何度も言っていましたが、兎に角学校まで行って先生に事情を聴こうと思いました。先生は、「M君と一緒に行きたいなら行ってもいいよ。」などと適当なことを言うので、私は「E君はM君と会えなかった場合、1人で目的地まで行けるのかい。」と尋ねると、E君は黙っていたので行けないと判断し、先生に引率してくれるようにお願いしました。里母に連絡してM君と待ち合わせているバス停に行ってもらい、M君が1人で行けるのかを確認してもらい、行けるというので行ってもらい、学校の先生にはその旨を伝えてフォローしてもらえるようにと電話連絡いたしました。バタバタの朝でした。

 

 今回の騒動は一体どこに問題があったのかを考えてみる必要があると思い、宿泊学習から帰宅したE君と個人的に話をしました。なぜなら、E君は自分は間違っていないと確信しているからです。私は、E君にまったくの落ち度がなかったとは思いませんから、自分以外の人が悪いとの決めつけて自分は悪くないと結論付けるのは、今後の彼の人生を考えると良くないと感じました。彼を居間に呼び出し、大体次のような話をしました。「今回の騒動について、君は『学校集合のことは1度も聞いていない。』としきりに主張して自分は悪くないと言いたいようだけど、本当にそうだろうか。私は、前日に中学生は学校に集合して先生と一緒に行くのでいつもより20分早く登校しますから気をつけるようにと話しましたよ。もし君がM君と2人で行く約束をしていたのなら、なぜその時に『僕はM君と近くのバス停から行きますのでいつもの時間に出発します。』と言わなかったんだい。もしそう言ってくれていたのなら朝っぱらからバタバタする騒動にはならなかったんじゃない。私も君から1度もM君と一緒に行きますとは聞いていませんでしたよ。また学校には、事前に3人の引率をお願いしていたのに君にちゃんと確認していなかったようですね。学校にも失敗がありましたよね。今回の騒動は、私も君も先生にも問題がありました。もしその三者の内の誰かがちゃんと確認していれば今回の騒動は起こりませんでした。みんな悪かったのです。だから、何か問題が生じた時に、自分は悪くないと決めつけないで、自分にも何か問題があったのではないかと考えれる人になって欲しいと思います。自分のことをちゃんと自省できる人だけが、周りの人と平和な関係を築けるすぐれた人になれるのですよ。」と時間をかけて話しました。E君も「分かりました。」と答えてくれました。自分は悪くないと思う人は必ず人と揉め事を起こします。人との平和を保ち、周りの人に優しく接することのできる愛の人は、例外なく自分にも悪いところがあったのではないかと自省できる人です。E君をはじめ子どもたちみんなには、そう考えれる人間になって欲しいと心より願っています。

ブログ00206 「貧困児童」 2020年11月21-24日

 私たちは目に見える世界がすべてであるかのような錯覚に囚われてしまい、別の世界を知らないままに安寧に生活してしまっています。それは子どもも同様であり、豊かな日本で生まれ育ったことで、この世の中に貧困に苦しみ、住むところを失い、不衛生な環境で命の危険にさらされ、学校にも行けないで生活費を得るために一日中労働を強いられている児童がいるこに気付いていません。そして、今日もこれは食べたくないだとか、あれを買って欲しいだとか、学校に行きたくないだとか、もっと広い部屋に住みたいだとか、ブランド物の服を買って欲しいだとか等、好き勝手なことを言っています。そのことに対してあまりにも腹立たしく思ったので、子どもたちを集めて今の自分たちがどれ程恵まれているのかに気づいて欲しくて話をすることにしました。基本的に不満は、今が恵まれていないと思うから出てくるのであり、十分に満たされて幸せだと思っている人からは感謝の言葉が出てくるのです。その人がどんな言葉を発するかによって、幸福か不幸かは自ずと証されるのです。そのことから言えば、不満ばかりを口にする子どもたちは自分たちが幸せであることにまったく気づいていません。それは悲しい人生です。多くの人は環境が幸不幸を決めると勘違いしていますが、人の幸不幸を決めるのはその人の心の有り様なのであり、決して環境ではありません。荻生徂徠も「珍膳度重なれば甘からず。」と語り、毎日美味しい物ばかりを食べていると美味しくなくなると言っているのと同様です。人間は恵まれた環境でも長くその生活を続けていると不満に感じるようになるのです。何ともおぞましい存在です。自分が置かれている環境をどう捉えているかということが大事なのだと思います。子どもたちには、今の恵まれた環境をちゃんと正しく受け止めて幸せな生活を送れていることに感謝の気持ちを抱いて生きて欲しいと思うのです。

 

 そこで、私は子どもたちに発展途上国の貧困児童を救済している団体である「ワールドビジョンジャパン」の宣伝ビデオを見せることにいたしました。世界には本当に貧しい国があり、その国に住む子どもたちは不衛生な環境で生活し、学校にも行けず、家族のために泣きながら一日中働いている現実を知ってもらいたいと思いました。10分程度の短いビデオではありますが、子どもたちなりに思うところがあったようで、しばらく言葉を失っていました。そんな彼らを見て私は1つの提案をしました。「貰っているお小遣いから少しずつ出し合って、貧しい子どもたちのために寄付するのはどうだろうか。決して強制的ではないけれど、貧困に苦しんでいる児童のことを思い出すために、また自分たちが十分すぎるほどに物質的に満たされている感謝を忘れないために、自分たちが喜んで捧げれる分を出し合って送金するのはどうだろうか」と。子どもたちは黙ってうなずき、今月から「お助け貯金」を始めました。子どもたちからの寄付金をプールしておき、ある程度貯まったらしかるべき信用できる支援団体に寄付することにしました。子どもたちが行う寄付ですから本当に僅かな金額です。でも、これは金額の問題ではなく、気持ちの問題です。子どもたちの心に弱者への思いやりと恵まれている自分を見失わないための行為です。その意図をちゃんと汲み取って寄付できる子どもたちであって欲しいと心より願っています。

 

 私には夢がります。発展途上国に住んでいる貧困に苦しむ児童の支援という夢です。そのことに関しては、ここで記すと長くなりますので、次のブログでお話しすることにいたしましょう。

ブログ00207 「夢」 2020年11月25-28日

 1963年8月27日、職と自由を求めた「ワシントン大行進」の一環として25万人近い人々がワシントンDCに集結しました。デモ参加者たちは、ワシン トン記念塔からリンカーン記念堂まで行進し、そこですべての社会階層の人々が、公民権と、皮膚の色や出身などに関係なくあらゆる市民を対象とした平等な 保護を求めました。この日最後の演説者となったのがマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士でした。キングの行った「私には夢がある」(I Have a Dream)の演説は、独立宣言にも盛り込まれている「すべての人間は平等に作られている」という理念を網羅するものであり、あらゆる民族、あらゆる出身 のすべての人々に自由と民主主義を求めるキングのメッセージは、米国公民権運動の中で記念碑的な言葉として記憶されることとなりました。

 

 私は、キング牧師のような高潔で強い信念を持っている立派な人間ではありませんから引き合いに出すのも本当に失礼な話ですが、私にも小さいながらも夢があります。「I Have a Dream」です。30歳の頃、被虐待児童の存在に愕然とし、自分にも何かできることはないのかと考えて北海道の児童相談所で里親登録しました。当時収入が少なかった私は、2度審査に落ちて半ば諦めかけて他の方法で被虐待児童の支援を検討したこともました。しかし、3度目のチャレンジ(貰えるかもしれない架空の収入まで盛り込みました。)で受け付けてもらえ、それ以来約30年間に亘って里親をし、数十人の児童の養育に携わってきました。日本という豊かな国で保護された児童は、本当に物質的には満たされた生活が提供されます。それは、決して傷ついた彼らの心を癒すものにはなりませんが、少なくとも生活の安定は保証されます。しかし、海外の発展途上国に住む児童には、その生きるための最低限の生活さえも保証されない現実があります。そんな現実を知っていく中で、私の心の内には新たなる夢が生まれました。「将来は、海外の貧しい児童を支援する働きをしたい。」という夢です。貧困のために不衛生な環境で生活し、日々虐待を受け、住むところもなく、学校に通うこともできず、食べるために1日中過酷な労働に明け暮れている子どもを1人でもいいから支援したいと思いました。

 

 でも、私にはお金がありませんでした。人を助けるというのはお金がかかります。幾ら相手を思う気持ちがあったとしても、パンも水も着物も住まう所も学校も与えられなければ本当の支援とはなりません。お金がなければ人は助けれません。イギリスの信仰復興をリードしたジョン・ウエスレーは「Get All You Can. And Give All You Can.」(できる限り多く得なさい。そして、できる限り多く与えなさい。)と語ったと聞いています(もしも間違っていたらごめんなさい)。それで、私は60歳まで里親を続けながら彼らの支援のためにできる限りお金を貯めて、60歳には里親を引退し(しかるべき後継者に事業を継承して)、65歳までに具体的な準備を重ねて、年金をもらえるようになったら発展途上国に住む児童の支援を始めようと人生設計をしました。どこかの団体に属して行うのではなく(私自身の目で現場を確認し、必要だと思う児童に直接支援したいと考えています。)、私個人で行う支援活動ですから、決してたくさんの児童を助けられるわけではありませんが、1人でも2人でも生活支援をしてその児童が自分の人生に夢を見れるような手助けができればと思っています。そして、来年の8月には節目の60歳を迎えることになります。果たして私の夢は叶うのでしょうか。大きく胸を膨らませながら環境が整えられることを心待ちにしています。将来の希望に胸膨らませる若者のように…。

 

ブログ00208 「帰宅準備」 2020年11月29日-12月2日

 ファミリーホームに措置されて2年4か月になるE君は、年内の家庭引き取りが予定されており、部屋の片づけをしなければなりませんがまったく進んでいません。11月に入ってから少しずつでも引越しの準備ができるようにと、私がスーパーに行った際には手頃なサイズの段ボールを意識して持ち帰り、彼の部屋の前の廊下に積み上げているのですが、一向に段ボールが減って行きません。E君に「いつ帰ることになってもいいように、早めに片づけておいた方がいいよ。」と勧めても、「分かりました。」と返事はするものの片づけをしているようには思えません。元々のんびり屋で動きの遅い児童ですので、本人のペースがあるだろうからと成り行きを見守ってはいたのですが、元来せっかちな私には忍耐の日々が続いていました。さすがに12月に入り我慢の限界を超えましたので、E君に片づけを促すことにいたしました。

 

 私たちのホームでは、退所する児童は綺麗に部屋を片付けて次の児童が入所できるようにしなければ家庭に戻れないというルールになっています。そのため、一刻も早く帰宅したい児童はそそくさと片づけをして帰宅を心待ちにするものですが、先日退所したFさんも今回のE君も退所日が近づいて来ても一向に片づけを始めようとしません。何度も口を酸っぱくして「部屋を片付けて、綺麗に掃除をして、次の児童が入れるようにしなければ家に帰れませんよ。退所日に部屋が綺麗になっていなければ、お迎えに来た実親さんに掃除してもらうことになりますよ。それでもいいのですか。」と話すのですが、慌てる素振りもなく呑気に構えているのです。まったく理解できません。「本当は帰りたくはないのか。」と思ったりして本人に尋ねると「いいえ、すぐにでも帰りたいです。」と答えます。「ならば、片づけなさいよ。」、「分かりました。」という会話を何度交わしたことか。この慌てることなく呑気に取り組む生き方は、障がいのせいなのか、それとも時代の流れなのか私には判断できません。Fさんも片付けが間に合わず実親さんに手伝ってもらって荷物を運び、綺麗に片づけることなく家庭に引き取られて行きました。本来なら実親さんに綺麗に掃除してもらうものなのですが、小さな子供と赤ちゃんを連れて迎えに来ている状況ではお願いすることもできず、結局私たちが片づけて掃除することになりました。「2年以上も生活してお世話になった部屋ぐらい綺麗にして帰って欲しいものだ。『立つ鳥跡を濁さず』と言うではないか。」と残念に思いながら、今も掃除できずに汚れたままに放置されています。私たちも中々気力が湧かず、手を付けられない状態でいます。

 

 同じことがE君でも起こるのではないかと危惧し、策を講じました。E君を呼び「12月に入ったので、いつ帰宅できるか分からないよ。ひょっとしたら明日家庭引き取りになるかも知れないよ(その可能性は限りなく低いですが)。だから、いつでも帰れるように部屋を片付けることを何よりも優先しよう。片付けが終わるまで、パソコンもゲームもやらないで集中的に片づけに取り組むことにしよう。引越しの荷造りをやってしまい、片づけをしてしまって安心できるような状態にしてから、パソコンでもゲームでもやったらいいんじゃない。そうしようよ。」と勧め、本人も「分かりました。」と答えました。彼の楽しみであるパソコンやゲームを人質にとっての片付け作戦です。彼の性格上、きっと急いで片づけてくれるものと思います。昨日、今日と効果は絶大です。せっせと片づけを進めています。パソコンやゲームの力、恐るべしです。結局、伝家の宝刀を使わなければならないのかと少し残念ではありますが、それでも家庭引き取りの準備が着々と進んでいることは喜ばしいことですので、これで良しといたしましょう。

ブログ00209 「悪ふざけ」 2020年12月3-6日

 前回、家庭引き取りに向けての引越し準備が進まないE君のことについて記しましたが、パソコンとゲームを人質に取られた彼は驚異的な速さで部屋を片付け始め、ほんの2日間で仕上げました。1か月間遅々として進まなかった片付けなのに、本気を出して始めたらあっという間でした。あとは部屋を綺麗に掃除するばかりとなりました。具体的な家庭引き取りの日取りが決まっていませんので、今のところは私物を段ボールに詰めるところまでしておけば目的は果たせます。掃除は退所する直前にしないとまた汚れてしまいますから、あとで大丈夫です。とにかく一安心です。「やれんばできるんじゃん。」と思いつつ、自分のやりたい楽しみを守るためならば必死に対応することを改めて確認しました。小学生じゃないんだから、条件づけられる前にそろそろ先のことを考えて自発的に行動できるようになって欲しいものだと思いました。面倒なことを後回しにしたい気持ちは分かりますが、そうするとどんどん自分を追い詰めて行くことになります。ある人が「悪魔の誘惑の常とう手段は、『明日にしたら!』と勧めることだ。」と語りっていましたが、その通りだと思います。私たちは、明日に先延ばししているうちに機会を失ってしまします。私自身にも言い聞かせていることですが、子どもたちには先延ばししない人生を歩んでもらいたいものだと願っています。

 

 さて、そのE君ですが、担任の先生からの連絡帳に「悪乗りや悪ふざけ」が過ぎて困っていると記されていました。ホームでは非常に穏やかで物静か、養育者の指示にも反抗することなく従順に従ってくれる児童なので、ホーム内では何の問題も感じていません。しかし、学校では随分と違った一面を見せているようで先生方を困らせているようです。ホームと学校での彼の生活ぶりのあまりの違いに違和感を感じますが、私はどちらも彼自身なのだと思っています。人間誰しも少なからず二面性を持っているからです。ホームでも彼がたまに垣間見せる不満や苛立ちを抑える姿に、彼の中に潜む怒りを感じます。彼なりにかなり自分を抑えています。恐らく、学校での彼の姿が自分を解放した自然な状態に近いのでしょうが、周りに迷惑をかけるような生活には問題があります。担任の先生が困り果てて連絡してくるくらいなので、相当困らせているのだと想像します。私は先生からの連絡を受けてある意味安心もしています。「この子はちゃんと自分を使い分けることができるんだなぁ。」と思ったからです。障がい者や精神疾患者は、環境に合わせた生き方ができませんから、自分の在り方を使い分けれる彼の障がいは軽いと感じます。ただ、限度を超えて自分を解放し過ぎです。ホームでの生活のようにまで自制することはありませんが、周りに迷惑をかけるほどまで弾けるのは行き過ぎです。しかも彼は特別支援級の学年代表ですから尚更です。学年代表らしく、みんなを導ける存在になって欲しいものだと思います。

 

 担任の先生は、私に何とかして欲しくて連絡してきたのでしょうが、厳しいようですがそれは先生と彼の問題です。彼の学校での生活ぶりは、彼がそう振舞えるような環境を先生方が作っているからなのであり、私のせいではありません。先生がE君としっかりと向き合って指導すべき問題であり、私が介入する問題ではありません。なぜなら、ホームでの彼の生活には何ら問題がないからです。ホーム内で起こっている問題ならば対応しますが、学校で起こっている問題は学校で対応すべき問題だと考えます。たとえ私がホームで指導したところで、彼は「分かりました。」と返事をするだけで、学校の環境が変わらない限り何の変化も生じないからです。先生がE君に真面目に学校の課題に取り組んで欲しいならば、そうできるように彼と向き合って指導すべき問題です。先生が逃げてはダメだと思います。E君の学校での生活ぶりは、偏に学校の先生方の対応に尽きると考えます。それ故に、連絡帳でそのことを記して私は放置しています。さて、先生方はどのように対応されるでしょうか。

ブログ00210 「心理判定」 2020年12月7-10日

 現在、特別支援級で学んでいるE君の心理判定が児童相談所で行われました。来年中学3年生になるE君にとって、進路を決めるための大切な判定となるためにその結果を固唾をのんで待ちました。それは、この時期の判定結果によっては彼の将来に大きな影響が出てくるからです。もし、療育手帳の適用外と判定されましたら、特別高等支援学校への進学の道が閉ざされてしまい、進路が大幅に制限されることになります。小学校の時に1年以上不登校状態になって家庭に引きこもっていた彼が、ホームにやってきて何とか学校に通えるようになり、今では学校が楽しいとまで言って1日も休むことなく喜んで行けるようになりました。包容力のある学校と出会え、優しい友達に恵まれてやっと今の環境を整えることができるようになりました。彼にとって、自分を飾らずにありのままを受け入れてくれる特別支援級での学校生活は、やっと手に入れた安定した学校生活でした。大人数のクラスが苦手なE君には、個性が尊重され手厚くかかわってもらえる今の少人数のクラスの方が性に合っていますし、本人もそれを重々承知しており、特別支援高等養護学校への進学を希望していました。

 

 そんなE君の願いが叶うかどうかの瀬戸際の判断が、今回の心理判定でくださることにりますので実親さんも里親も心配になるのは当然のことです。しかし、だからと言ってE君にわざとにできないふりをするように勧めることはできませんので、「慌てなくていいから落ち着いて行うんだよ。」と言うのが精一杯であり、ただただ見守る事しかできませんでした。2時間に亘っての検査の時間が本当に長く感じました。結果は、療育手帳の適用外との判定でした。予想されていたこととは言え、彼の今後のことを考えますと胸が痛みました。小学生の頃は学力も低く身の周りのことが何もできない児童であり、普通学級はとても無理な児童であると感じました。そこで小学校に相談して所属は普通学級のままにしておき、実際は支援級で学ぶという形態をとってもらいました。彼の成育歴と今の環境下での学校生活が安定していることを根拠に、中学校も特別支援級に進学させてもらいました。児童相談所の反対にあいましたが、もし、小学生時に心理判定を受けていたら療育手帳の適応者との判断がくだされたのではないかと今でも思っています。今更そんなことを言っても仕方のないことですが…。彼はこの2年4か月で著しく成長しました。本来の秘められていた能力を発揮できるようになり、色々なことができるようになりました。その成長故の今回の心理判定なのでしょうから、養育者としては本来ならば喜ばなければならない事実なのですが、彼の将来を考えますと複雑で心から喜べない私がいるのです。

 

 誰であれ、その児童の将来に不安を抱える結果を聞かされて心から喜べる人はいないでしょう。成長したことは本当に喜ばしいことですが、そのためにE君は再び厳しい社会の荒波に漕ぎださなければならなくなりました。保護された環境とは言え、やっと日常を取り戻した彼にとって、試練の高校進学を迎えることになります。それを思うとやはり心が痛みます。しかも、この12月で家庭引き取りとなります。実母さんと2人で難しい人生の決断をし、困難を乗り越えて行かなければなりません。心配は募るばかりです。里親の務めは、お預かりした児童を実親さんの元に返すまでの間、基本的な生活習慣を身に着けさせて日常生活を立て直し、実親さんと幸せな家庭生活を構築できるように矯正し、社会で適応して生きて行く術を学ばせることです。あくまでも実親さんの元に返すまでの働きです。家庭引き取り後は、実親さんと児童で力を合わせて家族の力で乗り切って行くのが理想です。私は、元里親がいつまでも出しゃばってはならないと思っていますので、家庭に引き取られた後は距離を置くようにしています。しかしながら、なかなかそんなにうまくは行きませんので、今後も社会資源を充分に利用して支援を受けながら生活して行くことになるでしょうが、里親としての役割は一旦終了となります。でも、いざという時にはいつでも助けにいけれるように心の準備はしていますが…。私が出しゃばらなくてもいいように後はうまく乗り切ってくれることを望むばかりです。