ブログ00211 「いじめ」 2020年12月11-14日

 小学校の担任の先生から、A君の関しての連絡があったと里母から聞きました。「また何かやらかしたのか」と恐る恐る話を聞きましたら、だいたい次のような内容だったそうです。A君がいつものようにB君と登校中に知らない小学生から「死ね!」と何度も言われたようで、それがとても辛くて担任の先生にしがみついて泣いたそうです。先生は、そんな酷いことを言った小学生を特定して注意するために、名前とか、身なりとか、ランドセルの色だとか色々と尋ねたそうですが、何も分からないということでその小学生を特定することができなかったとのことでした。そういうことが以前にも1度あったようで、担任の先生から何か聞いていますかと言う問い合わせでした。私たちもまったく知りませんでしたが、速やかに対処することが必要だと感じましたので、デイサービスから帰宅してきたらちゃんと事情を聴こうと思いました。

 

 いじめもそうですが、子どもたちは自分の身に起こっている辛いことをなかなか正直に素直には話してくれません。恐らく、子どもたちは親に心配させたくないのでしょうが、そのことが対応を遅らせて問題を更に深刻化させてしまいます。それは親子関係の良し悪しにかかわらず生じる問題ですし、かえって親子関係が良い方が起こりやすい状況のように思います。親子関係が良好なほど、子どもたちは親に心配掛けたくないという思いが働きますから更に言いにくくなります。それ故に難しい。親の方で子どもの微妙な変化をを察して対応しなければならないのでしょうが、それはとても難しいことです。人は人に過ぎず神様ではありませんから、見た目や雰囲気だけで子どもの身に起こっている事情のすべてを把握できる訳ではありません。有限な人間には限界があり、その限界の中で子育てをしているのですから、取りこぼしや見過ごしは避けて通れない問題です。そう思うと、自分が児童から得ている情報だけでなく、色々な人々からの多角的な視点からの情報を注意深く聴くことが大切なのだと思います。今回も担任の先生からお話しがあったからこそ知ることができたのであり、本当に助けられたと思いました。知らなければ対処のしようもないからです。そして、児童に起こっている問題を知ったなら、いたずらに時間を費やさず速やかに対応することが大切だと思っています。手をこまねいているうちに事態が更に深刻化してしまうからです。大人の責任は、知ったらすぐにできる限りの対応をすると言うことだと思います。

 

 デイサービスから帰宅したA君を別室に呼び、担任の先生から登校中に起こった嫌な出来事について聞いたことを話し、「随分と辛い思いをしたようだけど、辛かったでしょう。悲しかったでしょう。もう落ち着いてお話しできるかい。」と尋ねると、「できます。」と言うので、具体的な内容について話を始めました。「A君にしつこく『死ね!』って言って来た小学生のどんな子だったの?」「よく分かりません。」「どんな子だったのか見なかったということ?」「はい、見ていませんでした。」「そうか、今度は嫌でも悪口を言った小学生がどんな子だったのかを確認しよう。そして、担任の先生にそのことを話して、先生からその子に注意してもらうようにしよう。困った時には、自分の力だけで解決しようと思わないで、勇気を持って周りの人の力を借りることも大切なことですよ。君の周りには、お父さん、お母さん、先生、兄弟など君が困っていたら助けたいと思っている人がたくさんいるんですよ。でも、君が何に困っているのかが分からなければ助けられません。ですから、困った時にはちゃんと教えて欲しいんだ。そして、一緒に問題を解決しようよ。それが家族と言うもんなんだよ。分かるかい。」「分かりました。今度からそうします。」という問答を行いました。ところで、「何で、何も話してくれなかったの?」と聞いたところ、「忘れてました!」とあっけらかんとした返答に果たして本当のことなのかそうでないのかは私には判断できませんでした。

 

 次にB君を呼んで彼にも話をしました。「B君さぁ、A君が悪口を言われている時に近くにいたんでしょう。何で守ってあげないの?」「僕はA君と一緒に逃げてあげました。」「その子は大きな上級生の小学生だったのかい?」「いいえ、小さな下級生でした。」「何で逃げたん?」「・・・。」「その子はどんな子だったの?」「覚えていません。」「じゃぁ、今度はA君のためにどんな子かちゃんと観て先生に報告してあげてください。家族の問題はみんなの問題です。君の問題でもあります。君にできることでA君を助けてあげてください。」「分かりました。今度はちゃんと観て先生に報告します。」とのことでした。何とも頼りにならない兄ちゃんですが、彼には彼にもできる何かをもってA君の助けになってあげて欲しいものだと思います。そして、それが家族というものだと言うことをこういう機会に学んで欲しいと願っています。果たしてどうなることやら。今後を見守りたいと思います。

ブログ00212 「家庭引き取り2」 2020年12月15-18日

 2年4か月に亘ってホームで生活していたE君が、ついに家庭に引き取られて(個人的にはこの表現は嫌いですが、慣例なのでこの言葉を使います)行きました。ホームでの生活は安定しており、落ち着いた生活を営んでいました。でも、問題なのはこれからです。あくまでも、ホームでの生活は家庭復帰を目指しての準備の場であり、ここでの生活がうまく行っているから実家に戻っても大丈夫だという話ではありません。子どもは置かれている環境の影響を強く受ける存在です。環境が変われば生活ぶりも変わってしまうのが普通です。しかも、1度うまく行かなかった環境での生活です。実親さんもそれなりに受け入れる心の準備はされているとは思うのですが、やはり心配は募ります。里親の務めは、どこまでも家庭の再構築のお手伝いです。決して、ただ生活支援をするだけではありません。児童が今度こそは実親さんと幸せな家庭を築くことができるように、準備させることが役割です。その務めがしっかりと果たせたかどうかは、その児童が家庭に帰ってから明確になります。もし、家庭生活がうまくいかなかったならば、里親の養育は失敗だったと言うことになります。それ故に、里親にとって家庭引き取りは、働きの真価が問われる機会となるため緊張するのです。今回家庭に引き取られていったE君が、ホームでの落ち着いた生活を実践し、今度こそは実親さんと良好な関係を保ち、幸せな家庭を築いてくれることを心より願ってやみません。

 

 E君の場合には、引き取られて行く家庭がありますので良いのですが、ホームには家庭に帰れない児童が多くいます。その子たちにとっては、家庭に帰って行く児童の存在は妬ましく、また寂しさを痛感する機会ともなります。そのため、少なからず不安定になる児童も出てまいります。11月に1人、そして12月に1人と立て続けに家庭に帰って行きましたので、受ける影響も大きなものになりました。特に、A君は分かれが寂しくてお別れの話をする度に涙していました。帰宅を祝ってのバイキングに行った際にも、E君が帰るのが悲しいと涙を流してしばらくは食べ物も口に入らない状態でした。小さな彼にとっては、数年間とはいえ兄弟として共に生活していた児童の退所は、そんなに簡単に受け入れられる問題ではないようです。しばらくは、不安定な生活が続くことになると思いますので、できる限りA君をはじめ他の児童と共に過ごす時間を多くし、新しい環境にできるだけ早くなじめるように努めていいきたいと考えています。

 

 それにしても、家庭引き取りの目途がたたない他の児童たちは、いつ帰れるか見通しの立たない中で自らの人生を設計していかならず可哀想です。環境が定まらない不安定な状態で将来を決めなければならない彼らのことを思うと心が痛みます。私たち里親も、いつホームから帰宅するやもしれないことを常に考慮に入れながら養育支援をしなければなりません。色々と難しい課題を抱えながら私たちは一緒に生活しています。ただ、お互いがかけがえのない存在でることを忘れず、幸せを願って助け合うという基本的な姿勢を保つことを大切にしていれば、きっとどのような将来も乗り切れるものと考えます。重要なのは環境なのではなく、どのような環境でも幸せだと思える心の持ちようの方だと思います。環境に左右されるのではなく、環境を支配できる強い心を育てることを何よりも大切な養育方針として児童と取り組むことをこれからも大切にしたいと考えています。難しいことですが、理想を諦めずに実現を目指し、少しでも近づける毎日を積み重ねて行ければと願っています。

ブログ00213 「忍耐と寛容」 2020年12月19-22日

 子どもたちと一緒に生活していて一番気になることは、学習能力の低さです。学力が足りないという話ではありません。元々、発達障がい児たちですので勉強ができるようになるなどということはまったく期待していません。しかし、将来自立した社会人になるためには、最低限の社会性を身に着けて置かなければ、ホームから巣立った後にたくさん辛い経験をすることになります。世の中は、決して彼らにとって優しい世界ではないからです。また、私たち里親もいまでも守って上げれる訳でもありません。彼らは、社会の荒波の中で自らの生きる力で人生の航海を渡って行かなければならないのです。ですから、ホームにいる間に、彼らが社会から疎外されることのないように、社会の一員として生きて行けれるように、社会的な常識を身に着けさせておきたいと願って教育しています。

 

 しかし、これが難しい。まったくいっていいほど、学習してくれません。A君は乱暴な言葉を連発して他の児童に嫌がられ、部屋は散らかし放題で片づけられず、トイレでは尿をばらまき、他の児童の部屋に侵入しては荒らし、勝手に他の児童の持ち物を自分のものにしてしてしまいます。B君は、何かにつけて人の話に割り込んできては否定し、聞いてもいないのに他の児童の失敗を告げ口し、いつも口をポカンと開けて、常にズボンからシャツを出ています。Cさんは頑固で人の話を聞かず、里親の注意も聞こえないふりをして無視し、常に着用していなければならない外反母趾のサポーターや腰痛を抑えるコルセットを付け忘れ、それでいて他の児童の失敗は厳しく追及します。D君は、物の扱いが乱暴で色んな物を壊してしまい、こっそり夜中に起きてはスタンドの電気を付けて遊んでいるせいでしょっちゅう体調を崩しており、耳鼻科で処方された薬を飲み忘れては鼻水を流して涙目になっています。全員に共通して、何度注意しても親碗はゴリラ持ち(私はそう呼んでいます。)、照明は消さない、水は出しっぱなし、部屋はぐちゃぐちゃ、学校からのプリントは出さない、くだらないことで揉め事は尽きず、お手伝いは適当でやり残しが多く、トイレを詰まらせても報告もせず、物を粗末に扱い、洗濯物も出しません。そんなことを挙げればきりがありませんが、それでいてお小遣いとゲーム時間だけは忘れずに執拗に要求して来ます。それを矯正しようと繰り返し繰り返し指導しますが、まったく言っていいほど成果が見られません。日々、忍耐と寛容が求められます。

 

 私は焦り過ぎているのかも知れません。日々迫りくる彼らの自立の時を思うと、はやる気持ちを抑えられなくなります。彼らには、今後も実親さんによる支援は期待できません。それ故に、どうしても「このままじゃ、社会に出た時に苦労することになる。」と思ってしまうのです。それもひとえに彼らが悲しむ姿を見たくないからであり、心から幸せを願ってのことなのですが…。。今がすべての彼らには、将来のことはまったく関心がありません。ですから、将来に備えて社会性を身に着けた生活をしようなどとは微塵も思ってはいません。それが子どもというものなのかも知れませんが、将来を見て今の彼らに相対している私には、彼らとの間に大きな隔たりを感じることがしばしばあるのです。残されている自立までの時間は限られています。難しいことではありますが、その中で焦る気持ちを抑え、忍耐と寛容を持って彼らの成長を願って指導し続けることが私には求められているのでしょう。還暦を迎える私に残されている時間も僅かですが、神様の助けをいただきながら何とか最後まで働きを全うできるようにと願っています。

ブログ00214 「物件探し」 2020年12月23-26日

 ファミリーホームの開設において最も障害になる問題は、事業を行うための住宅の準備であろうと思います。地方自治体によって、ファミリーホーム事業を行うための住宅に関する規制は違うようですが、札幌においては住宅の主要用途が「専用住宅」では行うことができず、「寄宿舎」へと用途変更しなければなりません。これが難しい。建築指導課としては、複数の児童をお預かりして養育する住宅ですので、燃えやすい(延焼しやすい)構造の専用住宅では児童の安心・安全を守ることができないと考えおり、厳しい規制をかけることが必要だと思っています。その考えは、非常に真っ当な考えであり、私も心から賛同できます。やはり、子どもたちが安心して生活できる安全な居住空間の確保はとても大切な問題です。しかし、安心・安全を確保しようとする分だけ、今度は住宅を準備することが難しくなってきます。安心・安全な居住空間を確保しようと考えれば考える程、開設のための費用はかさむことになり、ファミリーホームを開設しようとする者はジレンマを感じるのです。

 

 ファミリーホームの開設を考える里親さんの多くは、自分の住宅を改修して行おうと考えますが、殆どの場合それはできません。なぜなら、専用住宅ならば許されている容積率や建ぺい率が、寄宿舎に用途変更しようとすると減らされてしまい、増築ができないケースが殆どだからです。ファミリーホームとなると5,6名の児童を受け入れる訳ですが、1人1部屋を望む児童相談所の願いを聞くと、最低限でも子供部屋6室、養育者部屋1室、事務室1室の8部屋が必要になります。当然のことながら、100坪程度の広い土地がなければ、建ぺい率や容積率を減らされた土地に新たに4,5部屋を増築するというのはできません。また、たとえ容積率の高い指定土地であっても3階建てや地下室があれば規制が厳しく適応住宅に改修するのに非常に高額な費用が必要になり、個人の資金力では賄えなのが実状です。更に、先ほども話しましたように部屋数を確保しようとすると、往々にして延べ床面積200uを超えてしまうことになります。しかし、この200uを超えると中古住宅を用途変更するのに、新たに建築確認申請をし、工事後に完了検査を受けなければならなくなります。悩みの種は尽きません。札幌においては、多くの場合、この住宅問題でファミリーホーム開設に困難を感じている人が多くいるのです。

 

 現在、私もファミリーホームへの改修可能な住宅を探しています。それは、ファミリーホームを開設したいと願われている方がおり、その方の開設を支援するためです。先ほども話しましたように、個人の力でファミリーホームを開設するには大きな障害があるため、法人でファミリーホーム事業用の住宅を準備し、そこで事業を行ってもらおうと考えているからです。しかしながら、この作業が非常に難航しています。幾つかの問題がありますが、1つ目は景気回復に伴う住宅や土地価格の上昇、2つ目は100坪を超える土地付きの住宅の絶対数が少ない事、3つ目は1981年以降の新しい耐震基準に準拠した中古住宅である事、3つ目は2階建て以下で地下室無しの住宅である事、4つ目は改修工事の元になる中古住宅付きの土地が1500万円以下である事(改修のために更に1500万円程度必要になるため)、5つ目は部屋数が多いか、区切って部屋数を増やせる物件である事、6つ目はブロック塀ができる限りない事(倒壊の危険性があるので)、7つ目はファミリーホーム開設に理解のある地域である事、8つ目はできる限りファミリーホームが開設されていない地域である事等です。この条件に適う物件に出会うのは至難の業です。時間が限られている中での住宅探しですので焦りも感じています。そんな状態ですので、誤った判断を下すことのないようにとあえて自らを落ち着かせて冷静に判断するようと努力していますが、そんなに簡単にできるものではありません。また、法人にとっても大きな負債を背負っての事業展開となりますので、失敗が許されない緊張感に襲われたりもします。私は今、そんな不安定な毎日を過ごしています。新年のお祝い気分どころではありません。

ブログ00215 「キャパシティー」 2020年12月27-31日

 見よう見まねで始めたブログですが、約1年を迎えましたので一時終了しようと思います。少しでもファミリーホームの日常を人々に知ってもらうために始めたものでしたが、私の許容能力を超えてしまいました。ファミリーホーム事業だけならまだしも、里親会会長に就任したことにより、あまりにも多過ぎる会議への出席が求められるようになったことで、想定していたよりも遙かに日常生活にかかる負担が大きく、病み上がりの私には耐えきれない状態になって来ました。自分が思っていたほどには回復していなかったということで、自らの状態を見誤っていたようです。それを素直に認めて、一旦撤退することにいたしました。人生には引き際を見極めることが大事であり、傷口を大きくして取り返しのつかないような状況にしないために負けを認めて引く勇気も必要です。今がその時だと思いました。

 

 私には守らなければならない子どもたちがいますし、里親会会長としての責務もあります。更に、ファミリーホームを開設したいという方が2組も現れて開設のお手伝いもしなければなりません。今の自分の気力・体力と仕事量を比較して、何かを捨てなければこなせないと判断いたしました。捨てる勇気がない人は何も選べませんから、私はブログを捨てることにいたしました。どうせ、大してお役に立てるようなお話は記せませんし需要自体もなかったと思いますので、私が止めたからと言って何ら影響はないでしょう。他に貴重な体験を聞かせてくれるブロガーの方々はたくさんいますので、その方々にお願いいたしましょう。そして、私は託されている児童の養育と里親会会長の務めとファミリーホーム開設希望者の支援に力を注ぎたいと思っています。

 

 僅か1年での終了となりましたが、お付き合いくださった皆様方に心より感謝いたします。気まぐれな私ですので、ひょっとしたらまたいつか再開するかもしれません。その時はまたお付き合いくだされば嬉しく思います。それでは、その時が訪れるかどうかは分かりませんが、またその時まで。 さようなら。